春の憂鬱

あれだけ守ってくれていたマフラーを邪魔に感じるようになり、タートルネックさえウザったい。
手放せなかったニットキャップからは、耳が外に出してくれと悲鳴をあげている。
それは、そうだ。
気づけば陽射しの質が変わってる。
また、春がやって来てしまったのだ。
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911と311

#911

誕生日だからといって特別な予定もない僕は、その夜もダラダラと仕事とさえないチークダンスを続けてた。
いや、町内会のつきあいに断りきれなかった盆踊り大会に、気の乗らないまま参加してたようなというべきか。
なりだしたケータイ電話の発信人は、普段あまりかけてくることのない兄からだった。 続きを読む 911と311

もし変換という作業がなければ

もし変換という作業がなければ、僕らの生活ももう少し楽だったかもしれない。
辞書の出来に左右されながら、登録されていない新しい語句に舌打ちしながら、スペースキーを押し続け、スワイプを繰り返す。
ちょっと前なら、必ず日本語入力プログラムを有償でインストールしなければ、PCとの最低限のコミュニケーションさえままならなかった。
そうした手間とフラストレーションに無縁の英語圏の人達が、うらやましかったりもする。
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自分をうまく売れなくて

どうにも自己アピールというか、自分自身のセールスが苦手だ。
そんなに悪い人間だとは思わないが、ぐっとひきつけるキャッチコピーを貼り付けることがうまくできない。
その能力の欠如は、このブログのプロフィールにもあらわれており、ひきつける目玉のないままのお茶を濁した状態がむなしく表示されている。
しかし、自分以外に対しては、その本質をカチッとつかめる能力はある。
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能捨(のうしゃ)「もう一歩深めるために捨てること」

この先の身の振り方なんてえものを、いろんな人と話していると、「いやあ、なんでも出来そうだよね」とありがたいお言葉を頂戴する。
何やったってソコソコ上手くこなせるんじゃないかという評価は、しかし、ありがたいとばかりも言えない。
なんでもできるというやつは、なんにもできないやつの裏返し。
それは、誰にでも優しいと言われる男が、実は誰にも優しくないのと同じことだ。
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「社交スキル」という防護マスク

こう見えて「社交スキル」はそこそこ高い。
親しみやすい笑顔の挨拶と時事ネタを織り込んだウィットに富んだ会話、決してぶつけない甘いビーンボールでのけぞらせ、うまい具合に距離を詰めていく。
だから初対面の人とでも、いい感じに間を持たせてと言われれば、アラホラサッサーとお安いご用。
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キリンラガーと苦味と死者と

見栄っ張りで流行りものに弱い兄の終の棲家は、スカイツリーが程よく見える場所にあった。
そこからは、スカイツリーが小さすぎず、かといって大きすぎることもなく、本当に程よくスカイツリーを眺めることが出来る。
旬なものを外すことない、まったく兄らしい選択。
モロモロの整理に訪れるまで、僕はそこを訪問したことはなく、住所地番だけは知っていた。
だから、あの人にしては随分と地味な場所に引っ越したものだと思っていたが、行ってみて、最後まであの人らしい選択をしていたのだとはじめて納得した。
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