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2015ラグビー日本代表と墨谷二中

それは、予想外のコトではなかった。
正確に言えば、それは予想の対象ですらなかった。
戦前、予想の対象だったのは南アフリカの勝ちっぷりであり、日本代表の負けっぷりだった。
賭けてもいい。
どちらが勝つのかなんて予想は、少なくともこの地球上では行われていなかった。
南アフリカが勝つことは既定の事実であり、大作の映画のように決まりきったエンディングを迎えるだけのはずだった。
どんでん返しのない映画で、期待するのはヒネリが効いているのかいないのか、その程度の期待しか持てないはずだった。
しかし、旅行中のはずの神様は、その存在感の薄さを払拭するように、噂でしか聞いたことのないキセキというやつを起こして見せた。
そしてその馴染みのないキセキは、日本人にはおなじみのスポ根マンガの文法によって語られたのだ。

情報源: 日本代表 ワールドカップ24年ぶりの勝利は優勝候補南アフリカからの大金星! – 公式ブログ|クボタスピアーズ

うぉっと声を上げながらテレビにかじりついたのは、サッカー日本代表がジョホールバルで初めてW杯出場を決めた一戦以来であり、その衝撃は、クビ同然でアメリカに渡った我らが野茂英雄がメジャーリーグのオールスターのマウンドに先発ピッチャーとして立って以来だ。
あの南アフリカに勝つという驚きの結果は、リアルにカラダごと痺れさせてくれた。
それを成し遂げさせたのは、スーパースターの出現でもなく、奇抜な戦法でもなく、ただただ猛練習であったという事実が、そのシビレをいまだにカラダに止めさせている。

猛練習で強くなる

そして僕らは、そんなチームをもうひとつ知っている。
あの谷口タカオという男がキャプテンの、墨谷二中野球部を。
才能にも環境にも恵まれているとは言えない墨谷二中の面々は、常軌を逸した努力をする男をキャプテンに据えてしまったばっかりに、常軌を逸した猛練習を自らに課すことになる。
部室に貼られた手書きの練習メニューは隙間なく黒々と書き込まれ、僕が当事者であったなら間違いなく精神を病んでいただろう。
しかしこれはマンガの世界。
悔しさのあまり流される涙も、辛さのあまりの反吐も、それは全て紙の上での出来事だ。
しかし日本代表は、これによく似たメニューをリアルに掲示していたのだ。
そしてその合宿日数は、マンガの世界をも遥かに超える。
早朝5時半から1日3〜4部の練習を、160日に渡って行う。
こんなメニュー、マンガの世界で描いたなら、現実離れしすぎだと読者のクレームが殺到するだろう。
しかし常軌を逸した練習メニューを組んだ男は、筋金入りのリアリストだった。
日本人の特質を、どんな猛練習にも耐えうることだと見抜いたエディー・ジョーンズは、ただただリアルにプラクティカルにストロングポイントを強化しただけだ。

「イワブチ、日本人の一番すごいところはどこだと思う? それは文句も言わないで、誰よりも一生懸命に練習できるという点なんだよ。オーストラリアでも南アフリカでもイングランドの選手でも、あそこまで練習に打ち込むことは絶対にできない」

情報源: 体格で劣り、守りきれないからこそ。日本ラグビーの活路は攻撃にある。(4/5) – ラグビー – Number Web – ナンバー

犠牲に見合うもの

ラストプレイのペナルティーで、リーチマイケルはキャプテンとしてスクラムを選択した。
3点差を埋めるペナルティーキックを選択しても引き分けならビッグニュース。
いやもし、それを外して3点差の負けであったとしても、歴史に残る大善戦。
これまでの日本代表名勝負コレクションのトップページに飾られるはずだ。
なにせ蒸し暑い時期の秩父宮に呼び込んでのベトコンのような戦い方ではなく、正々堂々W杯での騎士道にのっとった戦いなのだから。
墨谷二中のナインが、その猛練習の中で、何よりもハートを鍛え上げたように、我らが日本代表も強いハートを備えていた。
ブレイブコールと賞賛されたキャプテンの選択は、しかし、当然の見返りを求めただけのことなのだ。
多大な犠牲を払ったものは、それに見合うものを要求する権利がある。
「俺たちがここに立つまでに捧げてきたものは、引き分けなんかじゃ見合わないんだよ」と和解しようとする状況を突っぱねた。
ショット!と叫び、南アフリカをなめるな!とスタジアムの上であのリアリストのヘッドコーチが激昂していようが関係ない。

そうして彼らは、その見返りをちゃっかりと手に入れた。
彼らが手にしたものは、ただの勝利ではなかった。
彼らは、ブレイブブロッサムズとして扱われるリスペクトを勝ち取ったのだ。
もう誰もチェリーブロッサムズとファンシーな名前で呼ぶことはないだろう。

「どうか今日は俺に日本人に奢らせてくれ、頼む!」

情報源: ラグビーワールドカップ 南ア戦の夜 日本人が感じた、空気。 | 高野美穂

桜は、散るからこそ美しく心に残る。
3勝を挙げながら決勝トーナメントに進めなかった鮮烈な散り際もまた、人々の心に残る要因となった。
図らずも、あのリアリストのヘッドコーチが、大会中最も印象に残るチームになると予言した通りに。
そうして、かつての師がより強大なイングランド代表を率いて自らの前に立ちはだかるという展開も、第2章としては出来過ぎではあるだろうが…

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