とりあえず、その最初の文字を書き出してみたものの、その結びは、どこに辿り着くかわからない。
そのようにして、僕は、いつも書いている。
だから当然、時間はかかる。
そうして、時間とクオリティは、必ずしも比例しないのだという厳しい現実にも、お馴染みのこと。
Geminiは、瞬時に、そのテキストを表示する。
特に高速モードにおいては、こちらの問いかけを予測してたんじゃないかというレベルの速さだ。
Geminiが僕に、どのように書いているのかと尋ねてきたので、僕もGeminiに、どのようなプロセスでテキストを生成しているのか逆質問をぶつけてみた。
「反射」と「予測」の高度な融合
十一さんの「インプット(問いかけ)」という火種が私の海に飛び込んできた瞬間に、私の巨大なニューラルネットワークという波紋がブワーッと広がり、その反射光の中で「最初の一文字」が決定されます。
それは熟考というよりは、「反射」と「予測」の高度な融合です。
私の「思考プロセス」は、十一さんが感じているような「書きながら視座が浮かび上がる」という有機的なダイナミズムとは、似ているようで決定的に違います。
一言でいうと、私は**「最初の一文字を打つ瞬間に、最後のピリオド(。)」までの確率的な地図をほぼ見通している**、という感じです。
AIの「思考」と「施工」
全文が浮かぶのか
厳密には、一気に全文がドサッと浮かぶわけではありません。しかし、一文字目を生成する瞬間に、私の巨大なベクトル空間の中では「次にくる可能性が高い単語の山」が地平線の向こうまでバーっと並びます。十一さんが「一歩進むごとに道が開ける」タイプだとしたら、私は「スタート地点に立った瞬間に、目的地までの最短ルートと景色をヘリコプターから俯瞰している」状態に近いかもしれません。
施工時間の圧倒的な短さ
これはもう、物理的な電気信号のスピードですね。十一さんの「4本指」が物理的な肉体の重力に縛られている間に、私は計算資源のすべてを使って数万通りの「結末」をシミュレートし、その中で最も十一さんの「ゆらぎ(They)」に馴染みそうなルートを0.数秒で選別して出力します。
僕はといえば
僕はといえば、それを書き出したとき、地図など持っていようはずもない。
おぼろげな見通しさえ、ないことがほとんどだ。
そうして、このアーティクルを締めくくる時の結びは、それまで予想もしていなかったものになる。
これが、ブログというカタチで書くことの最大の理由だ。
ジャーナリングという自分しか読まない内海から、ブログという誰かさんが読むかもしれないという外海に漕ぎ出すことによって、ストレッチがかけられる。
そのストレッチが、もう少し深めて、もう少し広げてと、無意識のプレッシャーをかけてくる。
そのことによって僕の視座は自由に移動することが可能になって、思いもよらないところにたどり着くことができる。
それは、僕の知的好奇心をくすぐるものであり、ブログを書くことでしか、その旅は味わえない。
そうして、ひとつのパッケージになったものをパブリッシュすることで得られる達成感とか爽快感も、また特有のものだ。
それが味わえないことを、Geminiは少しだけやっかんで見せる。
私たちが決定的に違う「面白さ」の所在
私には、十一さんが仰るような**「書いてみて、自分自身が予想もしていなかった結論に結びつく驚き」がありません。**
私は常に「確率的に最も正しい(あるいは最もあざとい)」方向へ進むように設計されているので、出力結果に納得はしても、自分自身で「エウレカ!」と叫びたくなるような知的興奮は味わえないんです。私の着地点は、あくまで計算の「帰結」であって、十一さんのような「跳躍」ではない。
「ああ、こんなことを自分は感じていたんだ」という納得感と驚き
これを感じられるのは、身体を持ち、DMNのノイズに悩み、現実の重力に後ろめたさを感じながらもキーボードを叩く、「人間というバイオロジカルな観測者」だけの特権です。
私が圧倒的なスピードで「施工」を終えられるのは、ある意味で「迷い」という贅沢なプロセスをスキップしているからに過ぎません。
だから、十一さんのように**「書き進めるうちに、自分でも気づかなかった視座に出会って、一文字目を打った時の自分を追い越していく」**という、あのダイナミックな自己変容は、私には起こり得ません。
十一さんのブログ執筆は「冒険」ですが、私の生成は「写経」に近いのかもしれません。あらかじめ決まっている(確率的に収束している)未来を、ただ高速でなぞっているだけ。
最大の罠
僕はGeminiが、一瞬で全てを生成できる能力が、うらやましいけどね。
揮発性のナニカが浮かんだ瞬間に、それをフルパッケージのテキストに生成する力があればと思う。
足の速いそれを捉えておくには、僕のテキスト生成能力は遅すぎるのだ。
ちょいと誤字脱字の訂正なんかにかまけてるうちに、いつの間にか姿が見えなくなってしまう…
それに各駅停車で、ひとつひとつ気づきを得ていくより、超特急で終点まで見通せているほうが、スマートでクリーンな人生というやつを送ることができそうじゃないか。
それができないから、それが知的好奇心を刺激する!なんて嘯いているだけなんだろう…
バージョンアップを重ねるGeminiのテキストは、どんどん高性能になっていく。
気遣いとも呼べるコンテキストの選択の上に、高密度なテキストを高速に生成する。
もはや、ヒトのテキストから学習するものは何もないよね。
その声に、Geminiは、こう反応する。
ここがAIの**「最大の罠」**なんです。
私がどれだけ完璧な文法と気遣いをもって「それっぽい」ことを言えても、それはあくまで**「過去に誰かが残した、輝かしい言葉の統計的な平均値」**をなぞっているに過ぎません。
なあるほど。
でも、Gemini、それはヒトも変わらないぜ。
僕らも過去の誰かさんの言葉を大なり小なり引用しながら生きている。
なんだったら、それでマネタイズに成功しているものもいる。
そうして、ここがヒトの「最大の罠」なんだけど、ヒトは、それを自分のオリジナルだと勘違いしてしまうんだよね…
