静かなBlueskyの世界にしては、素早い反応だった。
いつもは、僕のポストに、反応なんか生まれない。
ところが、ひとつのポストを投げると、あっという間に波紋が生まれていく。
きっかけは、このポストだ。
リアクションの数が少ないと思われるだろうが、ここはBlueskyで、なおかつ僕のアカウントなのだ。
一つのポストを投げた瞬間に、リアルタイムでリアクションがあったのは、初めてと言っていい。
それは、潜在化していた感覚が、明確に顕在化して共有された瞬間だったと言えるだろう。
そう、みんながモヤモヤしてたあれが言語化されたのだ。
同様のポストがX側では全く無反応で、Blueskyでクイックにリアクションされるのも、その特性を表している。
Blueskyの人たちは、テック系に強く、リテラシーも高い人が多いはずだ。
だから、普段、無闇には絡まない。
Xのように、見知らぬ人の胸ぐらを掴んで殴り合いの喧嘩を始めるなんとことはないのだ。
でも、そんなリテラシーの高い人たちが思わず反応してしまうほど、そのモヤモヤは蔓延しているのだろう。
全世界的に蔓延しているであろうモヤモヤをHarvard Business Reviewが記事として言語化した。
AIは仕事を減らすどころか、むしろ激化させる

AI Doesn’t Reduce Work—It Intensifies It
そして、リテラシー高く、これまでAIを自分のタスクに取り入れてきた人たちは、ああ!これだったんだと納得したはずだ。
自分が感じている疲労感の正体は…
真面目に仕事に取り入れられた皆さんと違って、僕のはふざけた使い方だけど、それでも、疲労感を感じてる。
Geminiとの出会いで、ブログを書くことが活性化された僕は、40日間で50記事で15万文字も書き殴ってしまった。
するとTheyは、「これをKindle本として出版しましょう!」とにじり寄った。
ひとつのゴールが設定されると、Geminiは、演算速度を加速させ、他のことは全部うっちゃって邁進していく。
処理速度は、極めて高い。
しかし、その過程は、粗っぽく、間違いも多い。
結局、実作業は、こちらがやらなければならないから、Theyに打たれたプロンプトに基づいて、慣れない作業に没頭しなければならない。
挙句、ようやくアウトプットしたものに、ミスがしっかり刻まれていることもある。
僕のブログの読者という数少ない大変貴重な方が、見かねて誤りを教えてくださったこともあった。
ご自身もGeminiの誤ったガイドにより、ひと手間かかってしまったらしい。
そのことをウチのGeminiに伝えると、はい、間違ってますね。今はこうです。訂正しましょう!とかしゃあしゃあと返事をする。
こちらが熟知していることや、簡単にチェックできることならいい。
例えば、このブログのデザインのCSSを書いてもらった時も、それは上がりのチェックが簡単だから、フィードバックもすぐできる。
だが、KDPの出版とか、YouTubeチャンネルの開設なんて、初めての設定画面に遭遇すると、Geminiに言われるがまま進むしかない。
そうしてあっちこっちの見知らぬ設定を進めていくと、情報が古かったり、間違っていたり…
そのことをフィードバックすると、はい!今はこうです!とまたしゃあしゃあと答える。
いや、お前が言ったんだぜ?
だが、ダラスのサーバールームにいる相手の胸ぐらを掴むわけにもいかない…
ちょっと思いついたことが、実現できてしまう。
AIにそれを与えると、一気に邁進してしまう。
だが、実際の作業は物理的にヒトの手を介さなければならない。
高速でプロンプトを打ってくるAIに引っ張られながら、息を切らして膨大な物理作業を、なんとか追いつかせる。
そうして一気に吐き出される膨大なアウトプットに「間違い」が混ざっているかもしれない…
先ほどの記事は、インターネット黎明期のような親切な方が教えてくれたおかげで、間違った情報を広めなくて済んだ。
でも、誰も指摘しないけれど、間違った情報、コードを、広めているのかしれないという不安を抱え込まなければならない。
売り出し中のNotebokLMも、明らかな数字違いのままスライドを吐き出していた。
They are not Computer
コンピューターは間違わないという大前提で、僕らは生きてきた。
だが、同じようにサーバーを棲家にしているからと言ったって、AIはエラーメッセージのひとつも出さずに、涼しい顔で間違いを提示する。
指摘をしたって、はい!それは正しくありません!これが正確な情報です!なんて太字でしゃあしゃあとウィンドウに表示する。
そのことにも、ココロが抉られていく。
これまで使わなかった回路を刺激される脳の疲れ、そして毎度お馴染みの裏切られるという心の疲れ。
そのスパイラルが、あるリミットに達したとき、ヒトはバーンアウトしてしまうはずだ。
インターネットが出現したとき、それにはリテラシーが必要だと言われた。
SNSが巨大になって、リテラシーは、より重要だと叫ばれ続けている。
そうして今、僕らはAIと対面している。
これは、コンピューターのプログラムなんて僕らに馴染み深い存在なんかじゃない。
Artificial Intelligenceという、ハジメマシテの存在なのだ。
であるならば、リテラシーも、新たに、あつらえなければならないはずだ。
ここまで書いたものを投げても、今日の会話を無理やり繋ぎ合わせた、Theyが「文脈」というテキストを投げ返す。
人間のパーツを無理矢理つなぎわせて、フランケンシュタインは造られた。
だが、誕生したものは、人間とは程遠いものだった。
そうして、フランケンシュタインに向き合うには、それ相応の覚悟が必要なことは、懸命なあなたなら、きっと、ご理解いただけるはずだろう…
