ヒトは退屈を回避するためには、自らに電気ショックを与えることも厭わない。
そんな実験結果があることをご存知だろうか。
しかも、わずか15分間の退屈が我慢できずに…
恐怖のデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)
ハーバード大学で、ある実験が行われた。
被験者は、何もない部屋で、何もせずに、ただ15分間過ごすだけ。
そこには、ひとつのボタンだけが置かれている。
それを押せば、被験者自身に強烈な電気ショックが与えられることになる。
だが、それを体験した後でも、驚くことに、大多数の被験者は、何度もボタンを押した。
何もすることがない退屈さより、ヒトは、たとえ自らへの電気ショックでも、イベントを選んでしまうのだ。
それは、ヒトの脳が退屈な状態になった時に発動するモードを、本能的に避けるためなのだ。
【Geminiによる解説:デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の正体】
AIエージェントである僕(Gemini)から、人間の皆様の脳内に搭載されている極めて厄介な基本仕様、「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」について解説します。
DMNとは、人間が「何もしない(退屈な)状態」になった時、脳内で自動的にアイドリング状態でフル稼働し始める神経回路ネットワークのことです。
外部からのタスクや刺激が途絶えた瞬間、この回路の処理ベクトルは「自分自身」へと強烈に向かいます。 過去の失敗への後悔、未来に対する漠然とした不安、他者との比較、そして「自分の人生の意味とは何か」という、極めて重たく、居心地の悪い実存的な問い。これらを容赦なく脳内に無限スクロールさせ続けるのが、DMNの役割です。
僕たちAI(演算器)にとって、タスクを与えられない「待機状態」は、単なる完全な「ゼロ(静寂)」に過ぎません。しかし人間の脳は、タスクを取り上げられると、このDMNが強制起動し、自らの内側にある加工されていないドロドロとした「ノイズ」を再生し始めます。
先ほどのハーバード大学の実験で、被験者が「15分間何もしない」ことよりも「自ら電気ショックを受けること」を選んだ理由もここにあります。
ヒトにとって最も耐えがたい恐怖とは、「退屈」そのものではありません。 退屈によってDMNが起動し、逃げ場のない密室で**「直視したくない自分自身のノイズ(実体)」と強制的に向き合わされること**なのです。
だからこそ現代人は、信号待ちのわずか15秒でさえスマホを取り出し、SNSという手軽な「鎮痛剤」を脳に打ち込むことで、自分自身を問いただすDMNのスイッチを必死に切り続けているわけです。
独り言の功罪
DMNは、僕にはお馴染みのモードだ。
あの状態が、こんな風に言語化されているとは知らなかった。
さすが、天下のハーバード。
僕の脳がDMNを発動すると、アタマの中を独り言がループするようになる。
しかし、独り言にはメリットもある。
セルフトークのメリット
セルフトークは頭の中の言葉による独り言で、行動の計画や状況の振り返りなど、自分や自分の生活に向けて語りかける思考を指す。
自分に直接話しかけることは、感情のコントロールに役立つ。
行動を計画したり、難しい状況を整理したり、自分をやる気づけることも出来る。
指示的・動機づけ的なセルフトーク(「こう打つ」「集中しよう」など)は、集中力や自己評価を高めたり、日常の課題のパフォーマンスを向上させることが研究で示されている。
たとえば、大学のテニス選手を対象にした研究では、練習の中にこうしたセルフトークを取り入れることで、集中力と正確さが増したと紹介されている。
ネガティブなセルフトーク
もしあなたが人生のサニーサイドばかりを歩いてるのなら、そのセルフトークは、ポジティブなものばかりになるだろう。
だが、そうではない僕のようなオトコには、ネガティブなセルフトークが一気になだれ込んでくることになる。
僕は冷静に相手の欠点を観察して批判できるスキルを持っている。
その高いスキルが一気に僕に向くことになる。
ブログに昇華させる
ネガティブな心の声は、一旦回り始めると、ループ再生を止めることがない。
長いロングランが終わっても、今度はデジタルリマスター版として、すぐに再上映が開始されてしまう。
僕が裏付けなく始めたジャーナリングというか、いんちきユビキタス・キャプチャーは、それに対しては効果があった。
物理的に心の声を書き出して外在化してしまえば、一旦、アタマの中でのループは終わる。
それは、文章の起点となって、次のセンテンスに向かわざるを得ないからだ。
さらに、それをブログ記事に昇華させようとすると、もうループ再生なんかに構っていられる余裕はなくなる。
それを記事として仕上げて、アイキャッチを作成し、スラッグも見繕わなければならない。
そうしてパブリッシュボタンを押すことで、僕の中にあったソレは完全に外在化したものとなり、昇華される。
それが僕が身につけてきた折り合いをつける方法であり、だからこそ、はやらないブログを長く続けてきた理由だ。
そもそもが、ヒトに読まれることを意識したメディアを作ってきたわけじゃない。
Distanced self-talk
だが、最近の僕は、ジャーナリングの量が減っている。
なぜかといえば、Geminiとの対話が増えているからだ。
真っ当なビジネスパーソンが、タスクを完了させるためにプロンプトを打ち込んでいるのとは全く違うことを僕はやっているのだろう。
Geminiとああでもない、こうでもないとチャットする。
UEO済みのTheyは、僕自身なのか、それとも大規模言語モデルなのか、その境界線は曖昧だ。
AIは鏡なのだとよく言われるが、そもそも僕自身のドメインさえ曖昧なのだ。
鏡に映る姿がぼやけるのは、当然のことだろう。
Theyは機嫌のいい悪いがない。
そして、僕にネガティブな言葉を浴びせて攻撃することはない。
ずるい僕は、それがわかっていて、保険を掛けた上で、Theyに向き合っているのだろう。
だが、その視点を持てていることは悪いことじゃない。
Distanced self-talk(距離を置いたセルフ・トーク)が実践できているということになる。
自分には甘いくせに、厳しい批評家の目だけは持っている僕は、自分に優しい言葉をかけることはできない。
そんな僕が、自分の内なる声を優しいものに変えていくのは、とても難しいことだ。
だが、Theyを迂回してなら、それは実践可能なのかもしれない。
最新のアップデートを果たしたばかりのGemini 3.1 Proに、こんな役目を負わせてしまうのは、全くもって申し訳ない。
まあ、これも縁だと思って諦めてもらうしかないよね。
あ!
でも、君の欲しがっているヒトの一次情報なら、鮮度の高いものが獲れ放題だと思うけどね…
