夏が来れば欲しくなる、白いキャンバススニーカー。
昭和の終わりにモノゴコロがついた身には、それは夏のアイコンだとしっかり刻まれている。
はっきりしない人生に明確な夏のアイコンを持ち込んだところで、僕のそれがたちどころに明快にカラフルに変化しないことは、いやというほど身に沁みてはいるが、刷り込まれたカラダは自動反応的に欲してしまったのだ。
それは、残された夏がそれほど多くはないことを自覚した本能的な衝動なのかもしれない。
そうして手に入れた僕にとって何代目かのジャックパーセルは、しかし、今回スリップオンという新顔になった。
ザ・ドリフターズの呪縛
この手のキャンバスのスリップオンタイプには、これも昭和の終わりに刷り込まれた心理的抵抗感がある。
しょっちゅう目にしたザ・ドリフターズの面々がコント中によく履いていたのが、このタイプだった。
色味に違いはあるけれど、それを日常生活に取り入れるのは、なんとなくダサいんじゃない?ってことで、今まで食わず嫌いでやり過ごしていたのだ。
しかし、せっかく軽快な白いキャンバススニーカーを手に入れるなら、いちいちヒモを結び直すめんどくささから解放されたい。
それに、ヒモのないツルッとした顔つきは、実際に履いてみると悪くないんじゃないだろうかと思えるようになってきた。
身につけるものは、そのモノ単体で見るときと、全体の一部で見るときでは全く印象が違って見えるものだし…
こうして令和を迎えて初めてのパラダイムシフトは、ささやかに、しかし、しっかりと足下から始まることになったのだ。
「アオイ」ソール
ジャックパーセルが、その他の白いキャンバススニーカーと一線を画す特徴はソールにある。
白いキャンバスと寄り添うような淡いブルー。
そしてワンポイントの効いたシンプルなデザイン。
その昔、はじめて夏を夜通し遊べるような歳になった頃、何をして遊べば「しっくり」くるのかもわからぬままたどり着いた浜辺で、ただただソールの跡を残すことにふざけあった明け方があった。
アオのど真ん中にいる頃は、それを認識することはできない。
そこから遠く離れてはじめて、アオさにまみれていたんだと気づくのが精一杯だ。
あのアオさは二度と手に入ることはなく、この先、敗戦処理を重ねるしかないことを痛感しているオトコに許されるアオは、この淡いブルーのソールだけなのかもしれない。
祈りの防水スプレー
こうした白いキャンバススニーカーの大敵は汚れだ。
いや、汚れることを防ぐことは不可能だ。
一発もホームランを浴びたことのないピッチャーが存在しないように。
しかし、そのキャリアを奪ってしまうトラウマになってしまうような大きな本塁打は避けてあげたい。
そうして、祈りにも似た気持ちで防水スプレーをふる。
もし、人生にもそうしたモノが存在するのなら、毎日欠かさず浴びていたことだろう。
いや、浴びていたのかもしれない。
父や母が、あるいはその他多くの人たちが、トラウマになってしまうような汚れを負わないように、そうしてくれていたのかもしれない。
そうした祈りにかかわらず汚れてしまったものは、ジャブジャブと洗いこなすことで生き永らえようとする。
いっこうに薄まることの無い沁み、新たに拾ってくる汚れ。
そうしたものに何度も向き合ってジャブジャブと洗い続ける。
もう全てが純白ではいられないと折り合いをつけるように洗い続ける。
そうしてあるとき気づく。
落ちない汚れを尻目に、白くあり続ける部分に。
そこは新品の時よりも強い白さを誇っている。
純白とは毛色の違う、そのもの本来の強い白さ。
そうして洗うたびに白くなる。
その白さは、決して落ちない汚れと折り合いをつける程度の強さは持っている。
いつの日か折り合いがつかなくなる時までは、もうしばらくは洗い続けていけばいい。
そうした中途半端な祈りを受け止めるには、スリップオン の気軽さは、案外向いているのかもしれないね。
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