もし、彼が奪われたものが、愛車だけであったなら、彼はジョン・ウィックに戻っていただろうか?
もし、愛犬の命が奪われていなければ、殺し屋の殺し屋として伝説となったその腕の封印を解いていただろうか?
それは、今となってはわからない。
しかし、皮肉にもその封印を解いてしまったのは、彼の1番の雇い主の息子だった。
ロシアンマフィアのボスのバカ息子は、部下達からも尊敬されていない。
「子守りは命じられていない」と吐き捨てられる始末だ。
そして、そうしたバカ息子達が起こしてしまうミスを、彼もまた犯してしまう。
父親の力と自分の力を混同、あるいはその大きな傘の下にいることを自覚し、やりたい放題の日々を送っている彼は、いつものように手段を選ばずに欲しいものを手に入れる。
ガソリンスタンドで見かけたジョン・ウィックの愛車「69年式フォードムスタング」を手に入れたくなった彼は、冷たくあしらわれると強奪という手段に打って出る。
不意を襲われたもうジョン・ウィックではない男になすすべはなく、一方的に殴られ続ける。
目を覚ました彼の横に横たわっていたのは、冷たくなった愛犬デイジー。
それは、彼がジョン・ウィックをやめることにした最大の理由である亡き妻からの最後の贈り物だった。
病気で余命いくばくもないと自覚した彼女は、これからの、残された夫の希望となるべく最後に愛犬を贈っていたのだ。
ジョン・ウィックでもなくなり、彼女の夫でもなくなった男に残された、このセカイと彼をつなぎとめる唯一の希望は、もう冷たくなってしまった。
もし奪われたものが愛車だけであったなら、ジョン・ウィックに戻ることはなかっただろう。
相手は旧知のボスの息子。
昔の顔を聞かせて、取り戻せばいい。
しかし、あいつが踏みにじったものは、妻が残した最後の愛のカタチだった。
彼に迷いはない。
交渉や説得などに応じるいわれはない。
相手の強大さなど考慮する必要もない。
やるべきことは明確であり、そのためにはジョン・ウィックに戻るしか方法がない。
これまでと違うのは、雇い主が自分であり、報酬が復讐という点だけだ。
あとは、これまでと同じように、すべきことを実行していくだけだ。
彼の実力を誰よりも知っているボスに指揮された組織は総動員で迎え撃つが、彼は淡々と着実に目的に近づいていく。
標的以外のものは巻き添えにしないなどという戯言は、彼の中には存在しない。
邪魔なものは、躊躇なく排除していく。
無力化させるのではなく、仕留めていくのだ。
そしてようやく本懐を遂げた彼は、同時に深手を負う。
たどり着いた場所で昏倒し、意識を失ってしまう。
妻の呼びかけに呼応するように目を覚ますと、そこは動物病院だった。
何かに突き動かされるように、こじ開け侵入し、手当を行う。
そして、安楽死を待つ犬を見つけると、ふたりトボトボ歩き出す。
生きたいのかもわからない。
この先の人生など、考えられない。
しかし妻は生きろと言っている。
そして、生きていくためには、あなたには犬が必要なのよと。
今はこうすることでしか彼女の想いを受け止めることができない。
なによりそれは、彼女の最後の希望をかなえることなのだから…
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