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「ザ・タクシー飯店」孤独な者のためのグルメ

「ザ・タクシー飯店」孤独な者のためのグルメ

テレビ東京による連続テロの最新作は、ザ・タクシー飯店
しかし、今回ばかりは、その深夜の飯テロが猛威をふるっているとは言えない。
勘違いしてはいけない。
登場する町中華は、どれもがOLD SCHOOLでオーソドックスで美味そうだ。
しかし、八巻孝太郎(渋川清彦)と登場人物たちが、シンプルに腹を空かすことを許さない。

そのタイトルとトレーラーを見れば、ああ、またかと思ってしまうだろう。
いくら、このフォーマットを開拓した先駆者とはいえ、テレビ東京は、またもこの系統樹を伸ばし続けるのかと。
しかし、強い隠し味が安直なグルメバラエティになることを許さない。

タクシードライバー 八巻孝太郎

その職業に流れ着くのには、百億通りの理由があるだろう。
しかし、タクシードライバーになってしまう人たちは、よりコントラストの高いストーリーを抱え込んでいる。
強い苦味とともに。

外資系のトップセールスとして億近い年収を上げ、文字通りNo. 1の表彰を受けた男と、彼に表彰状を渡した役員が、数年後タクシーの運転手と客として再会したなんて実話もある。
よくある話なのだろう。

八巻孝太郎(渋川清彦)も事業に失敗し、多額の負債を抱え込んで離婚。
以来、娘とは会っていない。

よく耳にする、ありふれた不幸だ。
しかし、ありふれた不幸は、しっかりと苦い。
ありふれた町中華が、しっかりと美味いように。

タクシードライバーをやることでようやく世間につながっている男は、美味いものでも探そうと思わなければ人生なんかとつながれない。
そんなもの、本当はどうだっていい。
しかし、そうでもしなければ、今という時間を、現在の状況をやり過ごすことができない。
そうして彼に残された唯一のハッシュタグが町中華だったのだ。
彼は、唯一残されたそのハッシュタグを頼りに人生に折り合いをつけているのだ。

https://twitter.com/tx_taxihanten/status/1534428180521811968

ひっきりなしに引き合いがくる上に、良好な人間関係も構築しているゴロウ・イノガシラのように社会に適合してはいない。
選挙前に掲げた公約は文字通りゼロ達成なくせに、余計な条例だけはわんさかこしらえる、あの都知事のくだらない条例に合わせるようにタバコを吸わなくなったゴローさんは、社会の一員として立派に適合していく。
しかし、八巻孝太郎(渋川清彦)に至っては、いまだにショッポなんかをZippoで燻らせている。

わざわざ飯を食う時くらいは孤独な時間を作り上げようとするゴローさんと違って、彼には孤独な時間しか存在しない。
お客に接するとはいえ、あれは自己支払い機能付きの荷物みたいなもんだ。
指定の場所に届けるだけだ、本来は。
しかし、単なる運び人と荷物の関係を超える局面が訪れ、そこにシーンが生まれることになる。
だが決して交わるというようなものではない。
ほんのひとときを共有するに過ぎない。
いや、彼さえ決意すれば交わることは可能なのだ。
マイフェイバリットな山下リオ扮する看護師さんの二軒目の誘いを断るなんて…

その一歩を出すのが怖いのか、はたまためんどくせえだけなのか。
彼は現状に踏みとどまったままだ。
Move Forward!したいのか、そんな気サラサラねえよということなのか。
自分でさえもわからずにぐるぐる回り続けている。
そうして自ら行き先を決めずに済むタクシードライバーという生き方に安堵しているのかもしれない。

孤独な者のためのグルメ

本当に孤独な存在とは、持つべきものを失った経験のあるものだ。
ひねくれ女のボッチ飯の「つぐみ」も寂しい生活を送っていた。
しかし、彼女はいまだ持つべきものを失った経験はない。
それに何より、未来への希望に満ちていた。

だから八巻孝太郎(渋川清彦)こそが孤独な存在であり、ザ・タクシー飯店こそが本当に孤独な者のためのグルメなのだろう。
失ったものの大きさを反芻するだけの、Move Forward!なんて希望も持てず、野良猫よりも狭いナワバリをぐるぐる回り続けるだけの者のための…

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