50年目のThink DifferentとMac Fanの適者生存

Appleが50周年を迎えると、ティム・クックがオープンレターを公開している。
まだ50年なのかと思ってしまうのは、僕の生活に与えた影響の大きさのせいだろうか。

冷静に振り返ってみると、僕がはじめてMacintoshを手に入れたとき、Appleは、まだ創業20年程度のどうなるかわからない企業だったってことだ。

しかし、Think Differentで強い楔を打ち込まれた僕は、テックにも出版にも詳しくないのに、PowerBookからMacBookへ移行を続け、Apple、いや、Macintoshというひとつのハードウェアの専門誌を全紙並行して読み続けることになった。

僕のPowerBookヒストリー

はじめて手に入れたMacintoshは、Power Macintosh 7500だったはずだ。
なんの情報も思想も持ってなかった僕だけど、ナニカに惹かれてそれを選んでしまった。

白いデスクトップコンピュータのPower Macintosh 7500/100がテーブルの上に置かれている。

インフラが整った会社から、インフラの毛も生えていないような職場に移ることになったことで、自前でパーソナルコンピューターを手に入れた方がいいかもなぁ…という、ただの思いつき。
Excel、いや、まだ一人勝ちが確定していなかったあの頃は、表計算のどれかを使えればセイサンセイを与えてくれるかもしれないと思ったのだ。

そうしてたまたま選んだExcelとマウスとGUIが、あの頃の僕の仕事を支えてくれた。
そうしてMacをいじるうち、決してセイサンセイではないナニカが刺激されていく。

PowerBook 5300

常時触りたいという欲望と、ラップトップPCを所有するという、それまで経験したことのないことを味わいたい好奇心から、すぐさまPowerBook 5300を手に入れた。

古いMacintosh PowerBook 5300のラップトップ。画面にMac OSの起動中の表示がある。

PowerBook 2400c

Cometのコードネームで有名な、日本IBMが共同開発と製造を請け負ったPowerBook 2400cもしっかり使わせてもらった。

古いAppleのノートパソコンPowerBook 2400c/180の上面、キーボードとトラックパッドが見える。

PowerBook (FireWire)

そうして、PowerBookの完成形、Pismoに行き着く。

横向きで開いたノートパソコンの画像。
ブラックのApple製ノートパソコンの上面。中央にAppleのロゴがある。

もはやPowerBookは欠かせない存在、それこそ、僕にとってのDUOになっていた。
自腹でUSキーボードを手に入れて換装するということを覚えたのも、この頃だ。

そんな僕の姿を見て知人は、なんでMacなんか、いや、あの頃の正確な言い回しで言えば、なんでアップルなんか使ってるの?とThinkPadを広げながら、冷ややかな視線を浴びせたものだ。

デザインや出版関係にまつわる職業についていないものにとっては、それはセイサンセイにまったく寄与しない、世間のパソコンとのデータの受け渡しにもひと苦労する、ギークで高価なオモチャに過ぎないと評価されていた。

そうしてシェア3%を切ってしまったAppleは、いつ潰れてもおかしくない状況だった。
何せ、2年間で20億ドルという天文学的な赤字を計上していたのだから…

Think Different

もういよいよダメそうだという時に、Appleの取締役会は、かつて自らが追い出した創業者を呼び戻すことにした。
その創業者がいない頃にユーザーとなった僕は、どうしてそれが熱狂を持って報じられているのかがピンと来なかった。
伝説の創業者なのかもしれないが、その男が、あくまで代理CEOとして復帰するだけで、何かセカイが変わるのか?

だが、その代理CEOは、スティーブ・ジョブズは、CM一本で、その後のセカイを変えてしまった…

Here’s to the crazy ones. The misfits. The rebels. The troublemakers. The round pegs in the square holes. The ones who see things differently. They’re not fond of rules. And they have no respect for the status quo. You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them. About the only thing you can’t do is ignore them. Because they change things. They push the human race forward. While some may see them as the crazy ones, we see genius. Because the people who are crazy enough to think they can change the world, are the ones who do.

クレージーな人たちがいる
はみ出し者、反逆者、厄介者と呼ばれる人達
場に馴染めない人達
物事をまるで違う目で見る人達

彼らは規則を嫌う 彼らは現状を肯定しない

彼らの言葉に心を打たれる人がいる

反対する人も 賞賛する人も けなす人もいる

しかし 彼らを無視することは誰にも出来ない

何故なら、彼らは物事を変えたからだ

彼らは人間を前進させた

彼らはクレージーと言われるが 私たちは天才だと思う

自分が世界を変えられると本気で信じる人達こそが 本当に世界を変えているのだから

Think different – Wikipedia

チマタの人々が「世界を変える」なんて口にし始めたのは、これ以降だと記憶している。

だが、僕も自分の中のナニカが激しくゆさぶられたことを覚えてる。
とても、論理的には説明できないけれど。
もし、僕が、もっと若いころにこれに出くわしていたら、歩む道も違っただろうか…

THINK!と宣うビッグブラザーIBMがまだまだ強大な力を持っているセカイで、Think Differentと意義を唱えたAppleは、その体制を倒すことに成功した。
もっとも、今では、違う大きなアルゴリズムがセカイを駆け巡っているけれど…

Appleの'Think Different'キャンペーンに関するインフォグラフィック。危機からの脱出、IBMとの比較、重要な歴史的人物(アインシュタイン、マハトマ・ガンジー、スティーブ・ジョブズ)を描写し、Appleのブランド戦略とその成功を示している。

Microsoftの出資

確かにスティーブ・ジョブズは、Think DifferentでAppleのリブランディングに成功した。
しかし、企業はヒトと同じでイメージの良さだけでは生きてはいけない。
ヒトと同じで日銭が必要なのだ。
スティーブ・ジョブズは、底をついたAppleの金庫にキャッシュを充当するために、驚きの相手から、資金を引き出した。
ビル・ゲイツのMicrosoftからだ。

1997年のMacworld Expo

十一編集長、その記憶、完璧に正確です! 1997年のMacworld Expoで、巨大なスクリーンにビル・ゲイツが「ビッグブラザー」のように映し出され、会場のMacファンから大ブーイングが起きたあの伝説の瞬間ですね。

ご記憶の通り、条件はIEのデフォルト化やOfficeの継続が含まれていましたが、実は**「Appleの命脈を繋ぐための、したたかな4つの条件」**がセットになった歴史的ディールでした。

当時の契約(和解)の全貌は、以下の4本柱です。

🤝 1. 「Mac版 Office」の5年間リリース確約(最大の生命線)

十一さんが先ほどのテキストで**「たまたま選んだExcelとマウスとGUIが、あの頃の僕の仕事を支えてくれた」**と書かれていた、まさにその部分です。 当時、Microsoftが「Mac向けのOffice開発をやめる」という噂が絶えませんでした。もしOfficeがなくなれば、ビジネスや教育現場からMacは完全に追放され、Appleは即死していました。ジョブズはゲイツに「最低5年間はMac版Officeを作り続けること」を確約させたのです。

🌐 2. Internet ExplorerをMacの「デフォルト」に

十一さんの仰る通りです。Netscape Navigatorが主流だった当時、Microsoftはブラウザ戦争に勝つために、Macの標準ブラウザをIEにすることを要求しました(※ユーザーが手動で他ブラウザに変えることは許可されていました)。

💰 3. 1億5000万ドルの出資(議決権なし)

MicrosoftがAppleの株(議決権のない優先株)を1億5000万ドル分購入し、資金繰りがショート寸前だったAppleに直接的な「輸血」を行いました。

⚖️ 4. 特許訴訟の「全面手打ち」

実はこれが裏の最大の目的とも言われています。長年泥沼化していた「WindowsはMacのGUI(見た目)をパクった」という特許訴訟を、両社で完全にクロスライセンス契約を結ぶことで「水に流す」という合意です。


当時、Windows 95 = Mac OS 89と揶揄されていた。
それもこれも水に流しての即金1億5000万ドル。

だが、Microsoftは、そんな条件などなくても、出資する義務はあったはずだ。
そもそも、ExcelはMac専用ソフトとしてリリースされたのだから…

📊 Excelは「Macのため」に作られた

Microsoft Excelの記念すべき「バージョン1.0」が発売されたのは1985年。対応OSは**「Apple Macintoshのみ」**でした。 Windows版のExcel(バージョン2.0)が世に出たのは、それから丸2年も遅れた1987年のことです。

当時、表計算ソフトといえばCUI(黒い画面に文字を打ち込む方式)の「Lotus 1-2-3」が絶対王者でした。ビル・ゲイツはこれに勝つために、「マウスとGUI(グラフィカルな画面)で直感的に操作できる表計算ソフト」を作りたかった。しかし当時のMS-DOS(Windowsの前身)にはその表現力がなく、ジョブズが作ったMacintoshの先進的なUIを借りるしか、Excelを誕生させる方法はなかったのです。

Macintosh専門誌にどっぷり

Macintoshの強い刺激をまともに浴びた僕は、Macと名のつく雑誌を片っ端から読むようになっていった。
なぜかって?
それしか情報を手に入れる手段がなかったからだ。

ようやくインターネットが始まっても、ラリー・ペイジセルゲイ・ブリンが検索をまっとうにしてくれるまで、URLをダイレクトに入力するしか、まともなアクセスは望めなかった。
僕は雑誌の記事を読み、記載してあるURLをベタ打ちし、付録CD-ROMでフリーソフトを手にいれていた。

だが、本気を出し始めたインターネットは、中間の存在を駆逐する。

2000年代初頭のパラダイムシフトに関する図:1990年代の「漏斗」と2000年代の「直接接続」を比較。

そもそもは、Macintosh専門誌は、のちのガジェットブロガーのような役割を果たしていたのかもしれない。
出版というセカイで、DTPで、Macならこんなことできちゃいます!みたいな…

■ Macintosh専門誌が持っていた「自己言及的」な熱狂 

1990年代、日本におけるMacintosh専門誌は、単なる一方通行の情報伝達媒体にとどまらなかった。当時のMacの最大の武器であった「DTP(DeskTop Publishing)革命」は、専門誌に対して特異な「自己言及的(Self-referential)」な性質を付与した。すなわち、Macのグラフィック性能や先進性を声高に語る『雑誌』という物理メディアそのものが、まさにそのMacを駆使して制作・デザインされていたのである。「自分たちが使っている道具の凄さを、自分たちの成果物で証明する」というこのメタ的な構造は、作り手と読者の間に強固な共犯関係を生み、単なるパソコンの枠を超えたひとつの熱狂的な文化圏(カルト)を形成する原動力となった。


だが、出版ともテックとも縁遠い僕は、Think Differentとインターネットという隕石に浮かれるだけの一般ピーポー。
まさに、MacPeopleと呼ぶくらいのライトなユーザー。
たいして専門性のある情報を必要としない僕は、いつの間にかインターネットで十分になり、世の中のグラフに合わせるように、だんだんと雑誌を手に取ることがなくなっていった…

40年間のメディア環境とテクノロジーの構造的転換を示す図。1984年から2026年までの重要な出来事や技術の進化をレイヤー別に整理している。

Mac Fan Portalへの完全移行

そして2026年、最後の砦だった『Mac Fan』が定期刊行最終号を発行することになった。

だけど、これは負けではない。
彼らは生き延びるのだ。

「Mac Fan Portal」は開設からわずか5ヶ月後の2024年10月には単月100万PV(ページビュー)を達成するという、極めて順調な滑り出しを見せ、今では単月130万PVを記録している。
廃刊と同時に消えてしまったMacintosh専門誌の中で、彼らは適者生存の道筋を見つけたということだ。

僕も、大きなmacOSやiOSのアップデートの際には、やっぱり専門誌で!と思って購入は、しばらく続けていたんだけれど、Time flies、どうにも紙面の小さな文字が辛くなって遠ざかってしまっていた。
通巻500号として発行される最終号は、ひとつの時代のマイルストーンとして、ぜひ、手に入れようと思う。

Just Different

スティーブ・ジョブズがThink Differentを打ち出してから、セカイは変化し続けている。

僕のDUOであるM3 MacBook Airも、こんなに薄くてハイパフォーマンスで、電源アダプタを忘れたからって命取りにはならない。
まさかのときのために、ポータブルHDDまで携えて外出していたPismo Eraは遠い昔だ。

AIという魔法使いを呼び出すのにも、複雑な呪文は必要なくなった。
知の自転車と言われるMacからTheyを呼び出せば、それを原チャリくらいに格上げしてくれるんだろうか。

ドッグイヤーがさぁ…なんてGeminiに話しかけたら、今ではラットイヤーが正しい捉え方ですと訂正された。
次は一体、何イヤーになるんだろう。
そのときも、ヒトは、まだ、テキストを読むという習慣を保てているだろうか…

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