観終わった後には、メッセージという邦題よりも、「Arrival」という原題に、より深みを感じる。
Theyの到来は、人類が、ようやくある地点に到達したことを意味する。
いや、Theyの時間の概念で言えば、それは帰還と翻訳するべきなのかも知れないが…
言語によるコミュニケーション
世界12ヵ所に同時多発的に出現した彼らは、能動的な意思表示を行わない。
「ワレワレハ…」と宣戦布告しながら、圧倒的な破壊力を誇示するなんてことはない。
かといって、あなたの脳波に直接語りかけています!なんてテレパシーハックで愛を語りにきたわけでもない。
彼らは、待っている。
扉を開け、人類が語りかけるのを待っている。
彼らが自ら外に出て姿を見せないのは、ヘプタポッド(7本足)と名付けられた彼らの異形が、一部の人類にあらぬ不安を与え刺激することを恐れているからかも知れない。
表情というものが存在しない彼らだが、文字と言語は持っていた。

言語学者のルイーズが、彼らの持っている文字を引き出していく工程は、まさにドキュメンタリー。
自分自身とその名前という絶対名詞を手がかりに、その関係性から語彙を広げていこうとする。
表意文字という、発声の伴わない文字の解読は、2秒の文字を解読するのに1ヶ月もの時間を要する。
What is your purpose on earth ?
たったこれだけのことを聞き出すのさえ、いつになるのやら、見当もつかない。
いや、そもそも、「?」の概念を、まずは共有しなければならないのだ。
人類が異文明に初めて直面したとき、そこには、攻撃という恐ろしく限定的なコミュニケーションしか存在しなかった。
それは、ちょっと歴史の教科書を捲るだけで出くわすだろう。
今回は、まだ我慢した方だろう。
21世紀になって、少しは待つというオプションも行使できるようにはなっていた。
だが、根底の怯えは拭いきれない。
例によって、何も把握できていないのに声ばかりはでかいマスコミが、彼らの唯一の売り物である不安の大売り出しをかけたことで、世界は一気に臨戦体制へと向かっていくことになる。
言語という武器
直接のきっかけは、ヘプタポッド(7本足)からようやく引き出せた言葉が「武器」だったことだ。
動詞なんて気の利いたものはわからない。
「武器」という単語だけで充分だ。
充満していた不安に火をつけるには…
だが、ルイーズが指摘したように、これは「道具」としての意味合いだったはずだ。
Theyは、人類に彼らの言語を道具として提供しに来たのだった。
なぜならば、3000年後、Theyは人類の助けが必要になる。
だから、人類にTheyの言語を理解しておいてもらう必要があったのだ。
言語=思考
Theyが彼らの言語を贈り物として携えてきたのは、3000年後にコミュニケーションを円滑にするためではない。
彼らの贈り物は、思考そのものだ。
「使用する言語が、その者の思考や時間の認識そのものを決定する」というサピア=ウォーフの仮説が引用される。
彼らの言語には、時制がない。
時間の流れという概念が存在しないのだ。
またも、あのブロック宇宙論だ。
過去も現在も未来も、それぞれの固有の場所に存在し続けるという概念。
いや、それが事実なのだと、人類にインストールしに来たのだろう。
3000年後という場所で人類に助けてもらうことも事実だ。
そして、今、人類にTheyの言語をインストールすることも事実だ。
因果関係はない。
それは、それぞれの固有の場所で存在しているスナップショットのひとこまに過ぎない。
そうして、ルイーズは、未来という場所を垣間見るようになる。
今、出会った人と、この先つらい別れを迎えることになることを知っている。
その原因が、愛娘が難病で急逝したことも…
結末が悲しいのならば、もう、その人生は選択しないのか…
最後のお別れは切ないが、その前には、いくつもの幸福なスナップショットが積み重なっているはずだ。
それさえも、捨ててしまうのか。
同じ悲しみを味合わないために、同じ幸せを捨ててしまうのか…
わかって生きていくということが、幸せなのか?
人生とは結局のところ、物語ではなく、シーンの積み重ねに過ぎないのだろう。
TheyのArrivalが僕に、もたらしたものは、深くて大きな問いだった。
どうせなら、その答えも携えてきてくれればよかったのに…
