三上英次という警官の人生のレールは、3つの駅を通過する。
その駅とは、女だ。
長いレールの中の11年を僕らは垣間見る。
それは、ひとりの男に人生の澱のようなものが積み重なっていく様を見つめることでもある。
駅 STATIONは、そんな映画だ…
3人の女たち
三上英次の人生のチャプターとして登場する3人の女たち。
その、いずれもが、人生のサニーサイドを歩んでいない。
1968年1月 直子
三上英次の妻である直子は、いきなり、その別れのシーンから登場する。
泣き崩れる一歩手前で、笑顔を作り上げ、敬礼を見せる姿…
いしだあゆみ演じるシーンは、日本映画史上、one of the bestといっていい。
1976年6月 すず子
烏丸せつこ演じるすず子は、田舎の食堂で働く、ちょっとトロい女の子。
その兄は、凶悪事件の指名手配犯だ。
なんにもわからないふりをして、北海道警の裏をかき、ただ一人の家族である兄を守ろうとする。
警官隊に囲まれる兄の姿を前にして、夜の停車場に響き渡る彼女の悲鳴がせつない。
トロい、トロいと言われながらも、彼女は、その場面を、しっかりと予感していたはずだ…
彼女は、事件の後も、数年、食堂で働き続けると、ある日、誰にも告げずに札幌へと向かう。
人生をやり直すためなのか、それとも故郷を捨てたかったのか…
それは、僕には判別できない。
1979年12月 桐子
倍賞千恵子演じる桐子は、赤提灯の小料理屋をひとりで切り盛りしている。
そうして、三上英次と心を通わせる。
ふたりは、新しい人生に、もう少しで連結器を切り替えるところだった…
だが、桐子の前に、昔の男があらわれる。
その男こそ、1968年に三上英次の眼前で上司を射殺した、指名22号こと森岡茂だったのだ…
森岡茂=室田日出男
この森岡茂を演じた室田日出男がインプレッシブだった。
決して登場シーンは多くない。
なんだったら、セリフさえない。
だが、長い逃亡生活で染みついた人目を避ける物腰、そうして、ようやく辿り着いた昔の女の住まいで、静かにくつろぐ佇まいが秀逸だ。
この頃の室田日出男は、野獣死すべしでも強烈な存在感を放っている。
ひとつのピークの頃だったのかもしれないね…
一発のリボルバー
高倉健の演じる三上英次は、北海道警の警官でありながら、メキシコオリンピックに射撃の選手として出場することになっている。
オリンピック前に、目の前でコーチでもある相馬が、指名22号に射殺されるという事態にありながら、上層部は捜査よりオリンピックを優先することを命令する。
奇しくも、東京オリンピックで銅メダルを獲得し、それ以上を期待されていた円谷幸吉が、重圧に耐えきれず自殺したというニュースが流れる。
モントリオールオリンピックに向けて、コーチの任を負っていた三上英次は、今度は解任され、北海道警の特別班の任務につけと命令を受ける。
それは、射殺命令も出ている凶悪犯を専門に、狙撃も伴う任務を遂行するものだった。
決して銃撃戦は描かれない。
ライフルを持ちいた狙撃シーンも登場しない。
描かれるのは、三上英次が、リボルバーで、ただの一発で犯人を無力化するシーンだけだ。
一発を浴びた犯人は、微動たりともしない。
すべからく、的確に急所を撃ち抜かれているのだ。
その一発だけの、いや、一発だからこその緊張感が凄まじい。
極めつけは、桐子の部屋で指名22号と対峙するシーンだ。
これもまた、日本映画史に残るone of the bestのシーン…
三上英次という警官が、彼を取り巻く状況、彼の出くわす事件、そして彼の出会う女たち、それらに揺さぶられる中で、人生の澱のようなものを静かに溜めていく様を、僕らは見つめ続けることになる。
3つ目の駅で、彼は停車するはずだった。
そうして新たなレールを歩むはずだった。
しかし、結果的には、そこも通過駅となってしまった…
1981年 舟唄
いい映画だよね…
本来のハードボイルドの文脈で言えば、これは情念が強すぎるのかもしれない。
だが、これこそがハードボイルドだ!と銘打たれたもので、鑑賞に耐えうるものも数えるほどしかない。
ひとりの男が、自分ではコントロールできないものに塗れて、人生の澱のようなものを溜めていく姿を見つめるというのは、素面ではやりきれない。
そう、この映画の重要な舞台が、桐子の赤提灯の店だ。
観ているこちらも、一杯欲しくなる。
モノラルで流れる八代亜紀の「舟唄」を聴きながら…
いい映画だから、長く生き残ってほしいと思う。
今みると、もう45年の前の作品ということになる。
ある年代が生き残っている限りは、視聴されるだろう。
だが、ある年代からは、もう視聴されなくなってしまうのかもしれない。
それは、文化風俗の古さが、作品の腰を折ってしまうからだ。
クラシックなものとして、時代の分け目がつけばいいが、同じステージのちょっと旧式のものって、その古さを強烈に感じやすい。
この先、赤提灯の熱燗で、演歌をバックになんて物語は、ある世代からは感情移入を奪ってしまうのではないだろうか。
八代亜紀のブルージーなため息はタイムレスだとはいえ…
そのあたりをアップデートしてリメイクしたらどうだろうかと思う。
だが、演歌と小料理屋以降、日本人のソウルに根付くようなものが生まれただろうか?
J-POPとチェーン店にゃあ、荷が勝ちすぎる。
いっそ、アメリカでリメイクしてくれないかなとも思う。
あそこでは、カントリー&ウェスタンは、まだまだ現役だ。
個人が営むBARだって、まだまだ生き延びているだろう。
時間が止まったように、洒落てないBARが…
もちろん、この作品は、この時代を背景に、この俳優と女優が作り出したOne & Onlyのものであるということはよくわかる。
ただ、この物語を、野晒しにして、ただただ風化させていくっていうのも、なんだかせつないんだよね…





