9月の声を聴き、誕生日が近くなると、やっぱり、アノことが脳裏をよぎる。
今年は、25周年という、ひとつのマイルストーンを迎える年だ。
そもそも、アルカイダは、何を狙って、あの攻撃を引き起こしたのだろう?
シンプルに、武力では、一切の勝ち目がなかったはずなのに…
Deep Researchを要求されたGeminiは、10カ国で1,200人以上へのインタビューを行い、250万ページに及ぶ膨大な文書を精査するという極めて大規模な調査を実施した、9/11調査委員会の報告書を中心に、文字通りディープに潜って、僕に色々と教えてくれた。
アルカイダの戦略的意図(消耗戦の罠)
アルカイダの軍事指揮官サイフ・アル・アドルらによると、9/11テロの究極の目的は「アメリカをその穴から引きずり出すこと」でした。 彼らは、アメリカを激しく挑発してイスラム世界への直接的な軍事介入(アフガニスタンやイラクへの侵攻)を行わせることで、アメリカの軍事力を中東に釘付けにして分散・消耗させ、経済的に破産(「出血死」)させるという、長期的な泥沼の消耗戦を狙っていたのです。
その狙いは見事に当たり、それを自らの野望を果たすための契機にしようとしたジュニアの大統領という存在もあって、アメリカは長いFOG OF WARに突入することになる。
そうして、それはアルカイダの狙い通り、経済的な打撃を与えることになる。
実際の対テロ戦争がもたらした財政的結果
この戦争はアメリカにとって天文学的な財政的・人道的損失をもたらしました。イラク戦争だけで約2兆ドル (アフガニスタン等を含めた対テロ戦争全体では約8兆ドル)の莫大な国費が浪費され、米国は「テロリストが仕掛けた泥沼の消耗戦の罠(出血死の戦略)」に無警戒に飛び込んで自滅的に国力を消耗する結果となったのです。
アメリカが打撃を被るのと対照的に、タリバン政権とサダム・フセインという障壁が取り払われたイランは、その覇権を拡大することに成功した。
その結果、アメリカは、またも中東に向かいアクションを取るというデフレスパイラルに陥っている…
同じように、なぜ無謀な先制攻撃を仕掛けるのかと僕が驚いたケースがある。
2023年のハマスによるノバ・フェスティバル襲撃だ。
野外音楽フェスティバル会場にパラグライダーで舞い降りた兵士たちが、一方的に虐殺、拉致を実行した。
ショッキングな映像を覚えている人も多いはずだ。
あのイスラエルにそんな作戦を仕掛けたら、どんなStrike Backが返ってくるか、シミュレーションなんかしなくてもわかるはずだ。
それこそ、何を狙って、あんなことを実行したんだろう?
「アル・アクサの洪水作戦」のねらい
1. サウジアラビアとイスラエルの国交正常化(アブラハム合意)の阻止
当時、バイデン政権の仲介によってサウジアラビアとイスラエルの国交正常化(国交樹立)が目前に迫っていました。これが実現すると、パレスチナ問題はアラブ世界の中で完全に置き去りにされ、無力化・孤立化するというハマス側の強い危機感がありました。あの過激な襲撃によってイスラエルに強烈な軍事報復を行わせ、アラブ世界の世論を激昂させることで、この歴史的な和解プロセスを力づくで破談に追い込む狙いがありました。
2. イスラエルの「過剰報復」を誘発し、国際的孤立へ追い込む
アルカイダがアメリカの怒りを誘発したのと全く同じロジックです。ハマスは、ネタニヤフ政権がガザ地区へ壊滅的な侵攻を行うことを完全に織り込んでいました。ガザでの人道危機や過酷な空爆映像が世界中に流れることで、これまでイスラエルを支持していた欧米諸国の世論を割らせ、イスラエルを「国際的な孤立と非難の的」に変貌させるという計算です。
3. 「ガザ封鎖」という緩やかな死からの脱却と問題の再国際化
長年のガザ封鎖により、パレスチナ問題は国際社会から忘れ去られた「管理された日常」になりつつありました。ハマスにとっては、現状維持のままじわじわと干上がっていくのを待つか、自爆覚悟で盤面をひっくり返す(メガトン級のショックを与える)かの二者択一だったと言えます。世界中の焦点を再びパレスチナへ力づくで引き戻すという悪魔的な博打でした。
被害者として守ってもらうために、一旦、加害者になって別の被害者を生む。
虫唾が走るような作戦だ。
だが、その狙いは見事にあたり、今ではイスラエルは非人道的だと非難が集中している。
あの時連れ去られたイスラエルの人質は、いまだ全員、帰国できていないというのに…
被害者ぶる者の共通点
被害者ぶる者たちには、大きな共通点がある。
それは、他者の存在を著しく軽んじているということだ。
民間人を標的にした論理
アルカイダは、本来戦闘に関与していない民間人を殺害することについて、独自の歪んだ論理で正当化していました。
「民主主義国における国民の責任」
アメリカは民主主義国家であり、国民自身が自由意思で指導者を選び、税金を払って軍隊を維持しているため、民間人も「政府の不当な政策の加害者(共犯者)」であり、無実ではないと主張しました。このため、軍民を問わない無差別殺害を「義務」と位置づけたのです。
アル・アクサの洪水作戦においても、血まみれのイスラエルの女兵士を、アッラー・アクバル!と雄叫びを上げながら連れ回している、虫唾の走る輩がいた。
異教徒には何をしてもいいという免罪符だけ振り回しやがる。
80年も前の戦争で政敵を追い出してくれた相手に感謝するどころか、侵略されたと、がなりたて、一方では、東トルキスタンの人々を生体移植の在庫として管理している生き物もいる。
human Be-ings
人類は、ひとつだ。
しかし、その中には、多様な種別が含まれていると、最近つくづく思う。
人間とチンパンジーのDNAは、2%しか違わない。
だとすれば、コンマ数%の違いでも、生き物としては全く別物になるはずだ。
「人類」と大きく括られた生き物のDNAは、どれほどの幅を持っているのだろう。
だが、突き詰めれば、2種類に大別できるはずだ。
humanとhuman Be-ingsの2種類に。
ただ、ヒトの形をしただけの生き物なのか、それとも人間であろうとする生き物なのか。
見た目ではわからない、それは、論理的に見分けるしかない。
同じ言語を話していても、さっぱりコミュニケーションの図れない生き物もいる。
肌も目の色も違っても、言語が異なっていても、分かり合える相手もいる。
それらが混ざり合って生きているという現実に、腹を据えて向き合わなきゃならない。
現在、地球上では、83億人を超える人類が生息している。
その中で、human Be-ingsは、人間であろうとする者は、いったいどれほどいるのだろうか…
