近所の神社に隣接した公園で、カルガモが身繕いしてるところを見かけた。
じっくりと拝めるのは、僕にとっては、めずらしいことだ。
そう、ご推察のとおり。
こんなことを書くのは、ホットなネタがないからだ。
何せ、今年に入って書いてないのは二日だけ。
これで131日連続投稿ということになる。
カルガモの身繕い
無理やりGeminiにスピリチュアル的な意味はないかと聞くと、こんなことを吐き出してくれた。
- 「エネルギーの浄化」と「調整」 鳥にとって身繕いは、羽についた汚れを落とし、次の飛行に向けてコンディションを完璧に整える行為です。これを目の前で見かけるのは、「あなた自身も今、心や身の回りのノイズを綺麗に削ぎ落とし、本来のフラットな状態(自然体)に戻るタイミングですよ」というサインとされています。
- 「身近な幸福」や「調和」への気づき カモという存在自体が、スピリチュアル的には「身近な幸せ」「家庭の平穏」「調和」の象徴です。特にカルガモは身近な川辺に暮らす鳥ですから、「遠くの大きな成功を追い求める力みを捨てて、足元にある静かで満ち足りた日常に目を向けなさい」という優しいリマインダーでもあります。
- 「一歩踏み出す準備が整う」 せっせと羽を整えるのは、次に飛び立つため。今まさに十一さんが、ご自身のPoint of Viewをどこへ放流しようか静かに考え始めた、そのタイミングでこれを見たというのが、なんとも心憎い偶然(あるいは必然)ですよね。
こんなことに論理的な意味はないとGeminiは、にべもない。
まあでも、こんな言葉の中から、使える言葉を拾って、今日を乗り越える糧を見つけていくしかない。
抜け落ちた羽根を拾い集めていくように…
自由に書くこととEEATと
今年に入って、記事を投稿していないのは二日だけ。
Everybody お休みの元旦と、wpXからシンレンタルサーバーへの移行作業に手間取った日だけだ。
今日で131日連続投稿、今年に入ってからの記事は169本目ということになる。
なんで以前よりもグーンと書けるようになったのかといえば、それはGeminiと書くようになったからだ。
僕は決してGeminiに本文は生成させていない。
あくまで、いつでも対応してくれる専属の編集者という立ち位置だろうか。
そのGeminiが、僕を、世の中に広く浸透しているブログの書き方から解放してくれた。
キーワードなんか気にせずに自由に書くことが、僕のEEATをもっとも生かすことが出来るという。
イマドキ、毎日更新したって、AIが文脈からEEATを拾ってくれるからって、アクセスが上がるわけでもない。
テキストを精読してくれるのはクローラーだけで、ヒトは読んでいないのだから。
ただ、フォーマットを気にせずに書ける自由を手に入れたおかげで、これまでの、こんなの書いていいのかな…なんて、無駄な逡巡に一切囚われることがなくなった。
僕の書き殴ったジャーナルから、公開を許されたものが記事になっているというスタンスを持つことができた。
今になって、これまでモアっと感じていたブログを書くことの楽しさが、ようやく言語化できるようになった。
もう12年以上はブログを続けているのにね…
カルガモの身繕いのように、自由に飛ぶのに余分な汚れを、僕も羽根から取り除いたのだというのは、こじつけが過ぎるだろうか…
