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「TENET」観た人のためのレビュー「10分と10年」

脳がぐつぐつと沸き立ち、沸点を迎えるその一歩手前で、ココロをグッと鷲掴みにされる。
TENETが、こんなにエモーショナルな映画だなんて、誰が予想できただろう。
エントロピーなんて言葉が飛び交う映画に身構えていた僕は、CGではないホンモノの重厚感あふれる映像に没入し、ただただ科学者バーバラの言葉を反芻していた。
「理解しようとしないで。感じるの。」

友情の始点と終点

https://alog4.tumblr.com/post/657456706431959040/tenet-2020-dir-christopher-nolan

決して感情を爆発させることのない穏やかなニールが告げるサヨナラに、友情の始点と終点をいっぺんに味わうことになったThe Protagonist「名もなき男」が答えるシーンはone of the bestの名シーンだ。
友が数年がかりで準備してきた壮大な時間挟撃作戦の成功を見届け、満足げに、しかしちょっとだけ寂しそうに笑うニール。
そんな友の存在をはじめて実感したThe Protagonist「名もなき男」が、爆発しそうなあらゆる感情を押さえつけて見せる表情を表現する言葉を僕は知らない。

ジョン・デヴィッド・ワシントンがデンゼル・ワシントンの息子だということを僕は知らなかった。
しかも彼は、ドラフト外ながらもNFLのラムズとRBとして契約に漕ぎつけた男だ。
でも、そんなことはどうでもいい。
この彼の表情で、僕はいっぺんに彼のファンになってしまった。

ニールはキャットの息子マックスなのか

スタルスク12での作戦終了後、僕らはようやくダイエットコークの謎を解き、初対面であるはずのニールが見せた慈しみに溢れた表情の秘密を知ることになる。

https://alog4.tumblr.com/post/657628654469300225/havent-you-guessed-by-now-you-did-just-not

巷ではニールはキャットの息子マックス説が流れている。
それに関しては、クリストファー・ノーランは否定も肯定もしないコメントを出している。

「そしてもちろん僕たちには、何が起きているのかといった全てのことについて、僕たちバージョンの説がある。だけど、作品そのものに語らせて、人々が何を考え付くか見るほうがいいんだ」とちゃんと答えはあるものの、それを明かすつもりはないと続けた。

情報源: TENET テネット』ニール=○○説、クリストファー・ノーランがコメント|シネマトゥデイ

名前の回文や髪を染めた話など踏まえ、そのつもりで見返してみるとそう思えなくもない。
しかし、撃たれた母キャットを看護するシーンでは、彼は一切の感情を見せることなく物理学の話なんかを始めてる。
完璧に感情をコントロールしているのかもしれない。
あるいは母親に対して愛情以外のネガティブな感情も抱えているのかもしれない。
なにせキャットは人類の一大事にかかわらず、感情の赴くままに引き金を引き切ってしまうような女。
彼が思春期のころには、いろいろゴタついたであろうことは容易に想像できる。
しかし、僕には確信が持てなかった。

「すべて終わって生きていたら、僕の人生を聞かせてやるよ」
と言い放った彼の手形はカラだった。
もう僕らは知りようもない。
しかし、The Protagonist「名もなき男」だけは数年後、それを知ることになるのだろう。
あるいは気づくことになるのか…
そのとき彼は、初対面でニールが見せた慈しみ深い微笑みを見せることだろう。
こんどは、キョトンとしている怪訝そうなニールの真向かいで。

すっかり、ロバート・パティンソンのファンになってしまった僕は、封印を解かねばならないだろう。
ノーランのダークナイトトリロジーで僕の中のバットマンものにケリをつけ、それ以外のものは真剣に観ないと決めていた。
正史はひとつでいいと。
しかし、彼がブルース・ウェインを演じるというのならば見てみたい。
ジョーカーだったとしても良さそうだけれど…
などとつぶやいていたら妻に鼻で笑われてしまった。
「遅いわね。かれはとっくに私のアイドルよ」
なるほど、言われてみればあの合言葉は相当に洒落が効いているのかもしれない。

We live in a twilight world.
黄昏に生きる

ただし、かえしの言葉はあれ以降のThe Protagonist「名もなき男」の心情をあらわしているようで、せつないけどね。

There are no friends at dusk.
宵に友なし

10分と10年

結局のところ、全てはあの14日に起きた。
しかも、わずか10分間に凝縮されて。
そうしてコトは収束した。
しかしニールが、壮大な時間挟撃作戦が実行中であることを告げた。
であれば、これはゴールであると同時に、まさしく中間点に過ぎない。
この14日の10分を中心として直接的間接的かかわらず、逆行のブルーチームと順行のレッドチームがなんらかのオペレーションを実行中なのだ。
それには当然、準備作業も含まれる。

では、いったいどれほどのスパンの時間挟撃作戦なのだろうか?

僕は10年としておきたい。
ニールの長年のバディ感からだけではない。
あのノロマな回転ドアは、ワープさせてくれるタイムマシンとは訳が違う。
逆行するなら同様の時間を費やさなければならない。
1時間戻るなら1時間かけて。
1年戻るなら1年かけて。
ニールは、いったい何年前からさかのぼってきたんだろうね?

そしてインフラと人の整備だ。
コントロールできる場所に回転ドアを設置し、それを技術的に扱える人材を配置しなければならない。
アイブス率いる部隊の養成は、その特殊性から一朝一夕にできるものではない。

だから、あの14日を中間点として前10年、後10年の時間挟撃作戦なのではないだろうか?
逆に言えば、The Protagonist「名もなき男」は、あと10年で「記録」にもとづいた作戦を立案し、必要なリソースの確保、逆行要員の移動などすべての準備を終わらせなければならない。

しかし、アイブスは過去と未来どちらでリクルートしたんだろうね?

https://alog4.tumblr.com/post/657691172739940352

本筋には関係ないけれど、好きなシーンを2つ挙げておきたい。

洋上の風車

戦う準備をする男のシーンが好きだ。
鳴海昌平を例に出すまでもなく。
傷ついた男が鍛え直し、感覚を研ぎ澄まさせ、次の戦いに備える。
その場所として洋上の風車を選んだのは秀逸なアイディアだと思う。
その内部も初めて見ることができた。
そもそも、人間が居住できる空間があるとは思わなかった。
ここなら、誰にも見つからずに、あの長い梯子を使って鍛錬することができる。
さらに、誰とも会話することもなく、目すら合わせることもなく、流れるようにナビ設定済みの車のシートに滑り込むなんて、スパイ映画としても秀逸なシーンだ。

マイケル・クロズビー卿とのランチ

サーの称号を持つ生粋のジョンブルに文化的にやり込められるシーン。
アメリカン私立探偵ものによく登場するシーン。
ランチのオーダーを告げようとすると執事は給仕を呼ぶという。
勿体ぶっているのではない、彼の仕事ではないのだ。
ことを強引に、無粋にやろうとする新大陸の人間を冷静に見つめるクロズビー卿。
ところで、エスタブリッシュメントに会うつもりなら、ブルックスブラザーズなんかはやめておけと彼は忠告する。
その程度の身なりではと。
ブルックス着ておけば間違いないだろうという新大陸の常識は、それを見下すクラスに遭遇することで覆される。
奮発してあつらえたスーツも、これまた毛並みのいい育ちのキャットには、分不相応だと軽くあしらわれる。

一度見てしまったが最期、何度も見たくなる濃密さ。
タイムトラベルもの特有の辻褄を合わせたい気持ち、難解な映画特有の理解したい欲、そして純粋に映画的な面白さ。
こうしたものを味わいたくて、僕は逆光と順行を繰り返すひとり挟撃作戦を絶賛実行中だ。
そうして僕がすべてを理解できるには、10年くらいかかりそうだ。
こちらは主人公なんかではなく、ただの傍観者に過ぎないのにね…

わからないのがむしろ自然ですね。あれでわかったっていう人がいたら、絶対にウソついてると思います(笑)。物理を専門にしている私が5回観てもまだわからないですから。

情報源: 【ネタバレあり】量子物理学者に「映画『TENET テネット』がどうすさまじいのか」を教えてもらった | ギズモード・ジャパン

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