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探偵はBARにいる3

「探偵はBARにいる3」見た人のためのレビュー(1)「空っぽで馬鹿な女」

「生きたいとも死にたいとも思わない。ただ、息を吸って吐いてるだけ。」
岬マリは、空っぽで馬鹿な女だ。
空っぽな自分を自覚しているから、簡単に命をかけてしまう。
馬鹿だから、あんなことに命をかけてしまう。
もっとも、その命は、すぐそこで有効期限が切れてしまうのを知ってはいたのだが…

空っぽで馬鹿な女

情報源: 作品情報|映画『探偵はBARにいる3』公式サイト

一家心中でただひとり生き残った彼女は、自らの妊娠に、また家族をつくれることに希望を見出すが、その赤ん坊を無事に産んであげることができなかった。
そうしてまた彼女は、家族を失った。
彼女のココロは、エゴは死に絶え、生きて行くことにはもちろん、死ぬことにさえエネルギーが生まれることはない。
ただ息を吸って吐いているだけの空っぽな女。
死に絶えたエゴのおかげで、夜の街で客のどんな要望も受け入れる存在になった。
そんな女が、「命を燃やすもの」を見つけられたのは、皮肉にも、その有効期限が目の前に迫っていると知らされてからだ。
もちろん、空っぽな自分を自覚している彼女が、命を燃やす対象は自分ではない。
病院で出くわした、お金のかかる難病を抱える子供だ。
その誕生日が、自分の出産予定日と同じだったというだけの。
そのために、あらゆる手を使って金をつくる。
抜け殻だった女は、金に汚いと噂されるほど精力的に活動するようになり、ついには非合法な金まで奪うことにする。
そうしたことで得られた金を与えられたとして、その子供は、その家族は喜べるだろうか。
だから、これは彼女のエゴなのだ。
死んでしまったはずの彼女のエゴが、強く頭をもたげ、その思いを果たそうとする。
自分の子供に、家族に与えるはずだったナニカを、似た対象にありったけぶつけたいのだ。
眠っていた母性が、それを下支えしたのだろう。
見返りが欲しいわけでもなく、何かを与えて欲しいわけでもなく、ただただ与えたい。
自身も不治の病で余命幾ばくもないと知って、それを手っ取り早く、わかりやすく金というパッケージに変換して届けようとしただけなのだ。
人生の最後に芽生えた彼女のエゴは、それでも、それを自分に向けることはなかった。
空っぽな自分をよく知る女は、与える対象を、自分以外の価値あるものに設定したのだ。

これまでの依頼人たちは、最後には、探偵の命に関わる場面では、巻き込まぬように行動していた。
しかし、彼女は違う。
芽生えた彼女のエゴは、その目的を果たすことを優先した。
そのためには、探偵の命など関知するところではない。
最後の行動は、探偵を助けるためではなく、探偵に確実に金を届けさせるためにとったものだ。
愛してくれるものもなく、愛せるものもなく、ただ息を吸って吐いてるだけの女が、ようやく見つけた「命を燃やすもの」は、ただのこじつけのような一方通行の想いだった。
そのことが、苦く、せつない。
空っぽで馬鹿な女は、金に変換したナニカを届けられたことだけに満足し、静かに微笑むのだから…

空っぽで馬鹿な男

情報源: 作品情報|映画『探偵はBARにいる3』公式サイト

探偵も、岬マリと同種の人間なのだ。
空っぽで馬鹿な男だ。
結果的に命がかかってしまう場面によく出くわすが、「命を燃やすもの」に出会っているとは思えない。
同じように、ただ、息を吸って吐いてるだけ。
わずかな違いといえば、彼女より、しこたま殴られる目にあい、口中の血をすすぐには多すぎるアルコールを摂取しているだけのこと。
空っぽな自分を自覚しているから、簡単に命をかけてしまう。
馬鹿だから、あんなことに命をかけてしまう。
探偵は依頼人を守るものだといえば聞こえはいいが、空っぽな自分のためには生きられない。
目の前で困っている誰か、いや、だれかが困っている状況に線香花火程度の火花を散らす程度で、命を燃やしているとは言い難い。
だから酔っ払いの戯言のように、彼女にかけた言葉は、自分自身が抱え込んでいる言葉なのだ。
「とりあえず生きとけ。生きてりゃ、そのうちなんかあるさ、命を燃やすもの。」
もしかしたら、もう自分には見つけられないという諦めなのかもしれない。
俺にはできなかったが、お前には見つけられるかもねと。
思えば、探偵は、「命を燃やすもの」に出会った依頼人たちを見送ってきた。
ある者は復讐の成就とともに、その命ごと燃やし尽くし、ある者は間違った復讐から身を引き、その使命を果たすべき世界に戻っていった。
彼女たちの背中を思い出しては、もう一杯ひっかけ、息を吸って吐く間に、その辺の冴えないトラブル処理に汗をかく。
そうして、とりあえず生きている。

同様に空っぽで馬鹿な男である僕は、そうした匂いに引き寄せられて、こうして探偵の物語を眺めてしまうのだろうか。
ただし、彼女のように一方通行のこじつけですら人の役に立ったことはなく、探偵のように最後の砦として頼りにされることもない。
空っぽな自分も、馬鹿な自分も、骨の髄まで自覚しているくせに、あいも変わらず息を吸って吐いてるだけではあるのだが…
なんだか一杯欲しくなるよね…

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