運び屋の男が90歳になったという話ではない。
90歳の男がメキシコの麻薬カルテルの運び屋になったという物語なのだ。
しかも、この人物は実在する。
無事故・無違反・前科なし
主人公アールがもっとも組織に評価された点は、年齢ではない。
長い間、全米の40州を自分の運転で網羅しながら、無事故無違反なおかつ前科もなかった点だ。
高齢者だから目眩しになるだろうという点は、最重要事項ではなかった。
運び屋の新記録
着実に仕事をこなしていく彼は、ついに300kg近いドラッグを運び、新記録を樹立する。
マイペースながらも実直な物言いで振る舞う彼に、カルテルの監視役さえ魅入られていく。
タタ(じいさん)という名称で愛される彼は、ついにカルテルのボスの自宅に招かれてパーティーを催されるほどの存在になっていく。
金で手に入れたかったもの
ほんの一回だけのアルバイトのつもりだった彼が、その後も定期的に続けなければならなかった理由はシンプルだ。
金が必要だったからだ。
正確に言えば、彼の愛すべき人たちに金が必要となったからだ。
週末、通い詰めていた退役軍人クラブの火災に保険金が下りないという事態。
孫娘の結婚式の費用や学費。
差し押さえられた家と農園を取り戻したあとに費やしていたのは、それらの費用だ。
ピッカピカの新車は、仕事を確実に行うための設備投資というやつだ。
ただ、本当に手に入れたかったのは、過去の家族との時間だったはずだ。
そのために、家族に、孫娘を通してお金を投じていく。
なぜなら娘は、もう12年半も口を効いてくれないのだから。
だって、それはそうだろう。
仕事という理由で、しかも園芸家という職業の仕事の理由で、娘の結婚式を欠席する父親などいるだろうか?
しかし、いくらお金を投じても、それだけでは娘が態度を変えることはない。
アールの姿勢や行動が変わり、家族に取り返しのつかないことをしてきた自らの人生を悔いるとき、どれだけ金を手に入れても、あの時の時間を買うことはできないと絶望するとき、彼女は、ずいぶん久しぶりに、その口を開く。
「遅咲きなだけよ」
しくじってなんかない、今、花開いたのだからと。
アールは、デイリリーで名を馳せた園芸家だった。
わずか1日で萎んでしまう短命な花は、美しい。
彼は自分の人生の本当の終盤で、その花を咲かせた。
そして、家族にとってその花は、たいそう美しいものであったに違いない。