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彼らは生きていた「ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド」観た人のためのレビュー

その昔、第一次世界大戦と呼ばれる大きな戦争があったらしい。
東アジアの恣意的で強烈な検閲を受ける我が国の教科書にあっても、その記載はされていることから、どうやら事実に違いない。
これまで、その事実を収めたフィルムをテレビで見かけることがあった。
CG加工も捏造もされていないように見受けられる映像は、どうやら事実を収めたものに見えるが、どうにも現実感がわかなかった。
フィルムがモノクロであるということは大した問題じゃなかった。
現実味を失わせたいちばんの原因は、あのシャカシャカした早送りのスピード感だ。
だから、今回、現実的なスピードで統一されたことにより、初めてそれは現実に起きたことだと実感することができた。
今の僕らと地続きの世界に、彼らは確かに生きていたのだ。

イギリス帝国戦争博物館に所蔵されていた第一次世界大戦中に西部戦線で撮影された未公開映像を元に、ピーター・ジャクソン監督がモノクロの映像をカラーリング。3D技術を応用してリアルさを追求した。大戦当時は音を録音する技術がなかったため、音声は主に退役軍人のインタビュー音源を使用。一部の兵士の話す声や効果音などは新たにキャストを用いて演出し、今まで見たことの無いほどの鮮やかで臨場感あふれる戦争場面を復元。

情報源: introduction | [映画]彼らは生きていた 『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのピーター・ジャクソン監督作品 1/25(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開!

ナレーションは存在しない

良くも悪くも、ナレーターによってドキュメンタリー映画は、その方向性を決定づけられてしまう。
いかに、事実のフィルムを見ることで真実を見つけてくださいと煽られても、演出者の見つけて欲しい真実への補助輪となってしまう。
今回、ナレーターも、ナレーションも登場しない。
あるのは、退役軍人たちのインタビューだけだ。
彼らが、体験したことを、眼前の光景を、巡った感情を、てらいもなく率直に表現している言葉だけだ。

その前

当時は、第一次などとはナンバリングされていないだろう、初めての世界大戦。
そうしたものへ参加する動機は、今の僕らと変わるところはないだろう。
なにか大きな使命感を感じられるものに身を投じたい。
そう、目の前の退屈な日常の仕事などではなく、もっと大きな意味を感じられるもの。
現在ほど、戦争体験の悲惨さが広く伝えられている時代とは違う彼らは、もっとポジティブに、そしてカジュアルに意思決定したはずだ。
高揚感はブームとなり、軍隊への志願者は大きな行列を生むほどだ。
しかし、軍隊へ志願すると伝えた上司の返答は、「その後の職は保証しないぞ」という現代に通じる冷たさだ。
違いといえば、今と違ってお日様の高い場所にあった大英帝国が、負けるはずがないという確信を持っていたことだろうか。

その最中

訓練を終えフランスの最前線に送り込まれるところから、フィルムはカラフルになる。
そうして新兵器が軒並み登場した、あの大戦の、最前線の悲惨さだけが描かれるかといえばそうでもない。
確かに、不衛生極まりない塹壕ライフ、砲弾、銃弾が飛び交う様は凄まじい。
そして、死体になってしまったサッカーのチームメイトを片付けることもできず、変色していく様を見守ることしかできない状況も語られる。
しかし、そうした状況にも慣れ、日々を送ってしまう人間という存在もそこにある。
そして、週に4日、最前線で戦えば、1週間の休暇が待っている。
そこでは、ちょっと物資の少ないアウトドアライフのような日常があり、くだらないことで笑いあう彼らの姿がある。
週給も受け取っていた彼らの中には、文字どおり、オトコにしてもらった少年たちもいた。

いよいよ突撃を迎えた彼らは、眠っていた殺戮の本能の存在に気づくことになる。
しかし、ドイツ兵への憎しみはない。
彼らの間には、同じフィールドに立っているもの同士という共感がある。
違うのは、着ているジャージの色だけなのだ。
捕虜となったドイツ兵も戦わなくて済むことに安堵の表情を浮かべ、持ち物をチェックするイギリス兵も家族の写真は返す優しさを見せる。

最前線にいる彼らに、世界情勢や政治のアレコレは見えていないだろうが、ドイツ人が戦いをやめたがっている雰囲気だけは感じ取れる。
その直感は、間も無く休戦となったことで間違いではなかった。

その後

勝った負けたということよりも、ただ終わったことにほっとする彼らを待っていたのは、この先への不安だけだ。
果たすべき大きな使命は、もう終わった。
なんとか、この激しい戦闘を生き延びることができた。
では、その後は?
戦争が始まった当初、あれほど彼ら若者を駆り立てた社会は、終わってしまえば驚くほど彼らに無関心だった。
誰も武勇伝をせがむものはなく、迎えた家族も話題にあげることはなかった。
たまに食卓で話題に上ると、従軍したことのない父親に否定され、戦死した友人の母親へ報告に行くと、なぜあなたは生きているのかと憎悪をぶつけられる。
大戦を生き抜いた英雄たちは、就職も厳しく、面接すらしてもらえないところもあったようだ。

確かに彼らは生きていた。
色づいて、ニッコリ微笑む彼らを見れば、社会という現実に折り合いをつけることに苦労していた姿を見れば、僕らと一ミリも変わることはない。
大きく隔てるのは、あの塹壕ライフを味わったかどうかということに尽きるのだろう。
しかし、僕らとて、あの時代に生まれていれば、ブームに乗っかって塹壕ライフを味あわざるを得なかったかもしれない。
彼らとて、今の時代に生まれていれば、そんな悲惨な体験をしなくて良かったとほっとしているのかもしれない。
ただ、どんな日常でも、くだらないこと見つけては大笑いしていることに違いは全くないのだ。
彼らは、今の僕らと地続きの世界に、確かに生きていたのだ。

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