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Tumblrとは相互扶助のキュレーションサービスである

Tumblrって面白いよ!と伝えると、「それってなんなのさ?」と問いかけられる。
一言で表現することが出来ずに、う~んと唸ることもしばしば。
Wikipediaでは、次のように説明している。

Tumblr(タンブラー)は、メディアミックスブログサービス。ブログとミニブログ、そしてソーシャルブックマークを統合したマイクロブログサービスである

引用元: Tumblr – Wikipedia.

ま~間違ってはいないんだけど、見慣れた用語は並ぶものの、結局なんだかわからない。
頼みのTumblr自身の説明も、「できます!できます!」というだけで、何が出来るかわからない。
これじゃ、2流の営業マンだ。

簡単になんでも投稿できるTumblr

テキスト、画像、引用、リンク、音声、動画などを、ブラウザ、携帯電話、パソコン、メールから投稿できます。色はもちろん、HTMLテーマまで、自由自在にカスタマイズが可能です。

引用元: Tumblrについて | Tumblr.

そうして、僕なりにアレコレ考えて、ひとつの結論に辿り着いた。

Tumblrとは相互扶助のキュレーションサービスである

ご高名なキュレーターが、「君にはコレがよかろう」と上意下達で与えてくれるものではなく、与えて与えられてのフラットな関係。
ここでは、お互いがキュレーターだ。
特定ジャンルの特定分野と明確に区分けできない、検索もタグ付けもしづらいネット検索からすり抜けてしまったナニカをお互いに回しあっている。
旬なものもあり、旬でないものもあり、美しいがココロに響かないもの、美しくはないがココロに突き刺さるもの、玉石混交で流れてくる。
そうして、フォロー、リフォローしているうちに、そのアカウントの言葉では表現できないニオイが醸しだされて、自分の感覚用のボランティアキュレーターを見つけることが出来る。
しかし、そのリブログという作業に押し付けはない。
自分がいいと思ってリブログしてるだけ。
受け取る方も、よければリブログするし、そうでなければスルーする。
そこにお仕着せの「イイね」は存在しない。

理想の共産主義

多くのSNSが、メジャーアカウントとその他大勢という構成であるのに対し、Tumblrはフラットだ。
もちろん、アルファなんちゃらという人達が存在するのだろうけど、ここではその影は大きくない。
メジャーアカウントのありがたいポストを回し合って反応して、という構図ではなく、身近なご近所さんと価値交換していく。
そのご近所さんは、読む糸口もないアラビア語で書かれたアカウントだったり、どこの国の人なのか、男なのか女なのかLGBTなのかまったくもってわからない。
しかし、その職業も年収もわからない人達と、リブログしながら黙々とダッシュボードを作り上げていく。
そこにあるのは、価値と感覚だけで構成されたフラットなセカイだ。
これって、理想の共産主義なんじゃないだろうか。
いや、現存している独裁体制に白粉塗った食った彼の国や、存続と生活のためだけに与党との差別化で装ってる我が国に存在しているアレではなくて。
本来的な意味で。

別に僕はコミュニストではないけれど、資本主義色の強くなったFacebookやTwitterのポストを鑑みれば、ここのフラットさは居心地がいい。

なんとかTumblrの良さを伝えようと思って書いてみたけれど、なんだか逆効果の記事になってる気もするなぁ…

いずれにせよ、Tumblrの空気感は、潜ってみなければわからない。
気になってるヒトは、まずは始めてみることをオススメする。
そうして潜ってもらえれば、僕がうまく言葉に変換できなかったナニカがきっと伝わるはずだ。

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