小さな手帳で済むことぐらいの人生:ビソプランと測量野帳

手帳なんかのことで、あーだこーだと考えを張り巡らして、こまごまと書きつけるようになると、ある周期で僕は揺り戻しに襲われる。
もう15年も前の、クオバディスのスペシャルコンテンツが、ずっと小骨のように突き刺さっているからだ…

小さな手帳で済むことぐらいの日々

小さな手帳で済むことぐらいの事柄で日々過ごしたいなという気持ちもあって。

vol3.ビソプラン|Quo Vadis

僕のブログの中でも、何年かおきに引用させていただいている、この言葉。
それが、ずっと小骨のように突き刺さっている

若い頃には、大きな手帳になんでも書き込んで忙しい日々を送っていたお方が、時間を経て、軽やかに生きている。
長いクオバディスのユーザーで、エグゼクティブからビソプランに落ち着いた心境の変化がインタビューで語られている。

ビソプランはシンプルに使っています。備忘録ぐらいであまり書き込みませんね。アポイントの時間や、撮影の日時しか書きません。たまに忘れることもあるけど(笑)。

手帳にスケジュールをびっしり書き込むことによって、あまりプレッシャーを感じたくないんです。よく「忙しいですよね?」と訊かれるんですけど、「いいえ別に」と答えていたいんです。

vol3.ビソプラン|Quo Vadis

サルベージで気づかされること

測量野帳に、ばしばしユビキタス・キャプチャーしたものからデイリーログにサルベージする習慣がついたのは、バレットジャーナルを研究したおかげだ。
さらに、これは!というものは、コモンプレイス BOOKに昇格させるということもやっている。

しかし、その作業をしながら気づいたのは、僕には、コモンプレイス BOOKに保存しておくようなものは、あまりないということだ。
正確にいうと、そうなるべき対象は、このALOGに、コモンプレイス BLOGにパブリッシュされている。
だから、BOOKのみで保存するものが存在しないのだ。

それに、スクラップやキャプチャーをしたいと思うものは、このご時世、デジタルに存在する。
であれば、ダイレクトにデジタルに、僕であればDay OneやTumblrに受け止めてもらえばいいということになる。
最終的には、Day OneOn This Dayで、いつか巡りあう。
ほぼ日手帳アプリをお使いの方も、同様の機能を利用できるだろう。

そうなると、僕にとっての手帳とは最終マスターではないということになる。
今をキャプチャーしておけばいいだけのもの。
測量野帳に限っては、まさにそうだ。
今、書きつけることができればいい。

カレンダーも、イージーだ。
ちょっと未来を見通せて、ちょっと過去を振り返れるようにドミナントがわかればいい。
月間ブロックという単位が、最適なのかもしれない。
そこから細分化していくと、ついつい細いことまで書きたくなる。
本当に詳細な情報が必要なときには、どうせデジタルにぶち込んでいる。
それならば、紙の手帳は、一覧性のしやすさという最大の利点を活かす方がいい。

本当に忘れたくないコトは、おかげさまで、忘れないようにする習慣は、ついてきた。
それならば、手帳は書き捨てていくものとして、もっとイージーに使えるはずだ。

本当なら、野帳手帳と測量野帳のダブルヤチョーと洒落込みたいところだけれど、もう復活することはないだろう。
それなら、ビソプランと測量野帳の、軽く小さな組み合わせで、僕の人生をやっていこうか。

大丈夫だよ!
正真正銘、小さな手帳で済むことぐらいの人生だから…

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