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「コンカッション」 観た人のためのレビュー 「Show Must Go On?」

もう10年も前の映画なのに、NFLも好きなのに、これまで全く視聴することはなかった。
僕の気分を的確に表現する台詞が劇中にあった。

「気に入らない。正直、聞きたくもない。だが…」

そうして引用は、こう続く。

「だが、科学は否定できない。科学とは、知ることだ。」と…

今日のNFL本部の銃撃事件

偶然とは恐ろしいもので、同じタイミングで、またもアメリカで銃撃事件が発生した。
そして、今回、ニューヨークで発生したそれは、NFL本部を狙ったもの。
動機は、まさしくCTEだった。

The gunman then shot and killed himself.
A note found in his wallet was critical of the NFL and mentioned CTE, the degenerative brain disease associated with repeated hits to the head.

What we know about the shooting at NFL headquarters in New York City – The Athletic

犯行を行ったシェーン・タムラは、CTEに苦しんでいることをメモに残しており、先人たちがそうしてきたように、自らの胸を打ち抜いた。

CTE 慢性外傷性脳症

CTEは、正式名称を慢性外傷性脳症という。

軽度な外傷性脳損傷を繰り返し受けてから数年から数十年経って、記銘力低下、易攻撃性、錯乱、抑うつ状態などの認知症症状を呈する。これらの症状が悪化することによって社会生活だけでなく、日常の生活でさえ著しく困難になる場合もある。アルツハイマー病やパーキンソン病などとの鑑別が困難なことが多い。

慢性外傷性脳症 – Wikipedia

監察医であるベネット・オマルによって、死亡したアメリカン・フットボールの、NFLの名選手からCTEが発見されたことによって生じる軋轢の実話がベースになっている。

マイク・ウェブスター

引き金となったのは、マイク・ウェブスターの検死だ。

100 All-Time Team: Offensive Line | NFL 100

NFL100年のベストメンバーに選出されるほどの偉大な選手。
10年間で4回もスーパーボウルを制覇したピッツバーグ・スティーラーズは、まさに1970年代のTeam of the Decadeだった。
NFL100年のベストチームの中でも、最高3位にランキングされている。

1978
Pittsburgh Steelers

“We were a different ball club, we were prepared and ready and anxious to throw the football more than ever had before.” – Lynn Swann

NFL 100 | NFL.com

そのチームの攻撃ラインという最も信頼の厚いポジションで、しかもセンターという、まさに中心の選手だった。
アイアン・マイクは、当時主流だった3-4ディフェンスのNTと毎回のようにフルコンタクトを重ね、制して、チームを勝利に導いてきたはずだ。

そんな選手が、輝かしい現役生活を16年も送った選手が、ホームレス同然の姿で死体として発見される。
しかも、彼はまだ50歳の若さだった。

アメリカにおいては、相当の衝撃だったはずだ。
もし、日本で、V9時代の読売巨人軍の選手が、同様にホームレス同然の死体で発見されたら、どれほどの騒ぎになるだろうか…

世界最大のプロスポーツリーグ

NFLは、年間の収益が2兆円にも上る、世界最大のプロスポーツリーグだ。
その大企業は、教会に取って代わって日曜日も支配している。
そんな彼らは、FBIさえ、小間使いにできるようだ。
なぜ4文字言葉でないのか不思議な組織同士は結託して、不都合な真実というやつを発見した告発者に圧力をかけ始める。

ちなみに、検視官のシリル・ウェヒト博士は、JFKの暗殺事件において、ウォーレン委員会を批判し、ケネディの脳と殺害に関するすべての関連データが行方不明になったことを発見した人物だった。
なかなかの気骨者だったのだろう。
そうでなければ、ナショナルの冠がつく大企業にケンカは売れないだろうが…

デイヴ・デュアソン

潮目を変えたのは、デイヴ・デュアソンの遺言だ。
CTEらしき症状を自覚し始めた彼は、自らの脳を研究対象にせよという遺言を残して、自らの胸を打ち抜いた。
当初、CTEの発見に否定的で、NFLの理事まで務めていた男のセンセーショナルな行動だった。

The 46 defense is an American football defensive formation with six players along the line of scrimmage.[

46 defense – Wikipedia

彼もまた、NFL100年の歴史に名前を残す選手だった。
猛威を振るった、伝説のシカゴ46ディフェンスのSSを務めた。
その1985年のシカゴ・ベアーズは、NFL100年のベストチームの中で2位にランキングされている。
もし、あのマイアミ・ドルフィンズのダン・マリーノのリリースを遅らせる方法を見つけていれば、パーフェクトシーズンを達成し、ランキングも1位になっていたかもしれない…

1985
Chicago Bears

“The ’85 Bears were a breath of fresh air to Chicago.” – Kevin Cronin

NFL 100 | NFL.com

アーロン・ヘルナンデス

本作には登場しないが、僕には忘れられない選手が一人いる。
それが、アーロン・ヘルナンデスだ。

NFLの王朝 ニューイングランド・ペイトリオッツのドキュメンタリー「The Dynasty: New England Patriots」Apple TV+ で配信予定 | ALOG

当時のTEの史上最高額の契約を結ぶほどの選手が、現役中に第1級殺人で逮捕され、挙句、獄中で自殺した。
その札付きの素行の悪さから、何をやってるんだという失望しかなかった。
しかし、死後、彼がCTEを発症していたことが明るみになった。

ヘルナンデスの脳はステージ3のCTEを患っており、著しい前頭葉の損傷が見られた。このレベルのCTEはこれまで46歳以下の患者には見つかっていないほどのものであり、またこれほど深刻なCTEは一般に意思決定、暴力衝動の抑制を困難にするものだ

アーロン・ヘルナンデス – Wikipedia

8歳から積み重なったダメージが、彼の脳に蓄積されていったのだろうか。
CTEには認知障害とともに、人格をコントロールできないという症状もある。
だとすれば、彼が著しく攻撃性を発揮するようになったのも、CTEが原因である可能性も高い。

あのロブ・グロンコウスキーと同期入団だった。
このふたりなら、2TEシステムは、もっとクリエイティブでネクストレベルに到達する可能性があったのだ。

死亡した376人のNFL選手のうち、345人にCTEは見つかった。
彼も、346人目として、そのリストに加えるべきなんだろうね…

Show Must Go On?

結果的に5000人もの元選手から訴えられたNFLは、和解に応じた。
NFL側の条件は、こうだ。
それは、NFLが、いつの時点から、脳震盪に関する、どんなデータを知っていたのかを、いっさい口外しないこと。

NFLの保険数理士は、NFL選手の28%がCTEを発症することになるだろうと結論づけている…

コミッショナーのロジャー・グッデルも、今では対策を講じ始めている。

Updates to the kickoff play, with all kicking team members other than the kicker now lining up at the receiving team’s 40-yard line.

NFL Health and Safety Related Rules Changes Since 2002

コンタクトに関するルールは年々厳しくなり、ついには、最も危険だと言われていたキックオフまで大幅に変更した。

さらに、脳震盪が疑われる選手のプレイの可否をガイドラインで定めた。

Concussion Protocol & Return-to-Participation Protocol: Overview

そうして、ヘルメットには、どんどん新しいテクノロジーが導入され、寡占状態だった市場に新規が参入する余地が生まれている。
さらに、その安全性をテストし、ランキングを公開している。

Helmet Laboratory Testing Performance Results

ただし、どんなにヘルメットが強固になったとしても、脳が急激に揺さぶられてしまうことは避けられない。
脳は固定されていない。
液体の中に、ぷかぷか浮かんでるだけなのだから…

正直、コンカッションを観るまで、あんまり深刻に捉えていなかった。
プレイ中も、いや、日常生活の中でも、軽い脳震盪ですなんて答えられるのは、安心していい状況だった。
だが、それが幾たびも反復されることで訪れるのは、人格の死だ。
これは、本人もつらいだろうが、家族もつらかったはずだ。
ある日、人格者だった夫が、父が、別人に豹変してしまう。
それが病気だとわかっていなければ、どんな絶望感を感じたことだろう…

だから、ベネット・オマルと、失礼、ベネット・オマル博士とシリル・ウェヒト博士をはじめとするチームが科学を貫いたことは大きな意味がある。
それは決して告発のためではなく、真理の探究であったことだろう。
アンナチュラルな死因の解明は、いつだって残されたものへの希望とつながるはずだ。

これを観るまで、NFLは、つまらなくなったと思っていた。
厳しくなっていくコンタクトルールに、ちょっとハードヒットすればイエローが飛ぶ。
OLD SCHOOLでハードノーズなフットボールを見せてよと。
だが、今、その気持ちは一転している。
脳震盪自体が防げない以上、このスポーツは継続できるのだろうかと。

劇中でも、母親の1割が危険だからと子供にプレイを禁じたら、あっという間に競技人口は減り、観客もみるみる減少していくと言われている。
以前も、NFLと別の競技に両方ドラフト指名されて、フットボールは危険だからと辞退した選手もいたよね。
まして、ただでさえ競技人口の少ない日本で、新しくなるのはいいが、どんどん高価になっていくヘルメットを自腹で買える学生が、どれほど存在するのだろう。
財務省が消費税をアンタッチャブルにしている、この国でだ。
今よりも限られた私立の子しかできないスポーツになっていくんだろうね…

次のオリンピック LA28ではフラッグフットボールが採用される。
そうして、今、注目度がどんどん増していいる。

もちろん、フラッグとフットボールは別物だ。
フットボールも見たい。
ブロック、タックルの激しさだけではない優美さも堪能したい。
だがそれは、命懸けで斬り合うグラディエーターを、コロッセオで呑気に眺める民衆に成り果ててしまうことではないのかと自問自答をしてしまうのだ…

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