劇中、能馬監察官と須賀が二人きりで会話するシーンは登場しない。
いや、正確に言えば、そのシーンはあったが遠巻きで、音声は撮れていない。
何故なら、この二人の会話を描けば、早々に物語の輪郭が現れてしまうからだろう。
それには、あの木下という男の存在が大きい。
木下の死亡に関する共有
事実だけ確認すると、斎藤が殉職した事件で、同時に被害者となったシャオテックの開発部長は、あの木下だった。
公安による太陽鳳凰会の教団乗っ取りのオペレーションで、冨樫より先に入信し、教団の会計係にまで上り詰めて、冨樫の参謀役だった男だ。
つまり、同時期に公安にいて、同時期にこのオペレーションに携わっていた須賀なら、木下を知っているはずだ。
であれば、2年前、シャオテックの工場で木下が殺されたとき、そこに何らかの形で公安が介在していたことは推察していたはずだ。
能馬は太陽鳳凰会のときには、もう公安から飛ばされていたはずだから、直接、木下に面識はなかったかもしれない。
しかし、須賀は、そのことを共有していたのではないだろうか?
シーズン1の最後で、佐良がエビデンスがないながらも、斎藤が公安の指揮下にあったという筋を当てに来たとき、能馬と須賀は、お互いに顔を見合わせている。
だとすれば、この2人の間に情報共有があったと見るのが自然だ。
そう、部分的に知っているということだ。
そうでなければ、「拾っておいた甲斐がありました」なんて言葉は出てこない。
ある程度の推察がついているから、佐良が真実に近い筋を推察したことがわかるのだ。
佐良の異動理由?
佐良と皆口が裏切ったという噂は、相当に広まっていたようだ。
あの、クソッタレの堤署長を筆頭に、顔見知りにも、それ以外にも。
であれば、その噂は、当然ジンイチにも届いていたはずだ。
斎藤康太が殉職した、あのシャオテックの現場に居合わせたのなら、この二人も公安につながっているのかも知れない。
あるいは、斎藤康太から、なんらかの情報がもたらされているのかも知れない。
もっと言えば、15年前の「桜南三丁目一家三人殺人事件」と同じ構図で仲間を見殺しにするやり口に、能馬監察官は、波多野副総監の匂いを感じ取ったのかも知れない。
であれば、公安かどうかは抜きにして、この二人も波多野副総監の手駒であるのかも知れない。
のちに互助会と名称が明らかになる、噂のグループの所属員かも知れない。
しかし、そのことに関する密告も相当なエビデンスもない。
だから、業務としてのコウカクは行われることはなかった。
であれば、人事異動で手元に置いて緩やかな行動確認をしてみよう。
どうせ、あんな事件の後では、刑事部では引き取り手がない。
もし、佐良がシロであったとしても、いつかの時には糸口になるのかも知れない。
しかし、それも能力があってこそ。
いつか試してみなければならない。
だから、皆口に関する密告が届いたのは、ある意味ではもってこいだった。
この生々しい相手の事前観察に、佐良がどのような行動をとるのか、テストするにはこの上ないケースだ。
結果として、皆口をも洗うことができる。
最初のテストに合格した佐良は、任務に忠実に結果を出せることを証明した。
だが、そのやり方は、全て命令を遵守してのことではない。
ジンイチの、公安畑の人間とは違う、捜査畑出身の人間の手法や流儀も用いる。
そうして、この男は、真実に辿り着くまで諦めないハラも持っている。
YK団に関する情報漏洩
それが、能馬監察官が、「YK団に関する情報漏洩」についてクローズした理由なんじゃないだろうか。
もちろん、「YK団に関する情報漏洩」に関しては、長富ニ課長の辞職覚悟の供述により、結論は出た。
これ以上、これを名目には動くことはできない。
なにしろ、互助会についての内部調査は見送ると警視総監から正式決定が出ているのだ。
だが、この男は、佐良は動くことをやめないはずだ。
1年前の事前監察におけるテストが、その姿勢を証明している。
であれば、監察係として正式に動くのは得策ではない。
ジンイチの情報が逐一、互助会サイドに漏れている現状で、自分が正式に互助会への調査を継続させていると判明すれば、監察係全体が業務を解かれてしまうかも知れない。
だが、表向きクローズしておけば、佐良たちの行動の自由は確保できる。
そうしておけば、警察の中の警察の存在理由をハラに落とし込んだ佐良が動くはずだ。
事実、能馬は、佐良に「YK団に関する情報漏洩」のクローズは伝えたが、直ちに他の任務を命じてはいない。
長富ニ課長の供述だけでは、波多野副総監の関与を証明するエビデンスとしては弱い。
だからもっと明確なエビデンスを掴んで来い。
そう言っているのだ。
本気の能馬
天下のジンイチ様とはいえ、その強大な力が及ぶのは警視庁の中だけだ。
警察庁のキャリアには、聴取すら簡単には行えない。
組織によって強大な力を与えられた警務部人事一課は、組織によって、その力の制限もされている。
だから、須賀は驚いたのだ。
レギュレーションは守るはずの能馬監察官が、警察庁のキャリアである長富ニ課長の参考とは言え聴取を実施すると決断したことに。
しかも、サッチョウへの報告は不要と言い放つ。
すなわち、「YK団に関する情報漏洩」という名目があり、榎本への通信という明確なエビデンスがあれば、動くのだ。
能馬の本気を支えたのは、長富ニ課長が入庁前の学生時代、18年前から波多野副総監とのプライベートな関係があると知っていたからだろうか。
能馬と波多野副総監は、公安で直属の上司と部下の関係だった。
しかも、外事の、対北の工作を行うような部署で。
能馬は、波多野副総監が人の弱みにつけ込み利用する姿を幾度もみてきたのではないだろうか。
それこそ、パク・ミョンボを、半ば脅迫に近いカタチで寝返らせたところも…
波多野副総監を批判する報告書を能馬が上げたのは、「桜南三丁目一家三人殺人事件」の一件だけが理由ではないはずだ。
そこまでに積み重なった理由があるのだろう。
だから、長富ニ課長も何かに利用されていた可能性が高いと見るべきなのだろう。
そうして、その関係を知っているよと波多野副総監にも伝わるように揺さぶりをかけたのだろう。
ただ、その関係性は、能馬がもともと知っていたわけではなく、須賀が洗い出したものだろうが…
互助会の内部調査はしないという上層部の決定に、能馬は驚いている。
監察畑が長い彼が驚くのだから、その決定は異例だったのだろう。
おそらく、これまでであれば、十分な調査、当該警察官の処分の上、その結果は公表しないというような選択がなされたはずだ。
調査自体を見送るというのは、探らせたくない上層部が存在しているということだ。
さらには、あの冨樫も関係している。
正確な意図は掴めないが、太陽鳳凰会の乗っ取りのような、ある種のオペレーションが発動していることを感じ取ったのかも知れない。
赤い糸
皆口にかけられたトラップの現場写真を見て、能馬と須賀は長く話し込んでいる。
その見覚えのある赤い糸に、須賀は冨樫の介在を確信している。
この後、須賀は単独で富樫を追うようになるが、能馬に無断で動くはずがない。
この二人では、何らかの情報共有がなされ、何らかの方針が決められていたはずだ。
須賀に命令違反だとして、本来の業務に戻るよう命令したのは、直属の上司の能馬監察官ではなく、人事一課長なのだから。
そうした命令、警務部長を兼任する波多野副総監による自身への自宅待機命令、それらで能馬は上層部のある種の意図の存在を確信したのではないだろうか。
であれば、今、抗うことは得策ではない。
今、自分ができることは何もない。
きっと、佐良や須賀が動いているはずだ。
彼らに賭けるしかない。
自分の務めは、出番は、このあと必ずあるはずだ。
そうして見事、期待通り、佐良たちは、この壮大なマッチポンプの仕掛け人をビデオカメラの前に引き摺り出してくれた。
佐良自身は、この聴取に立ち会うことは出来ないが…
能面を外す
能馬の「うた」のサビは激しいものになった。
警察官の職務として適正かどうかしか判断できない監察官の職務を彼は逸脱した。
彼が投げつけたのは、人間失格の烙印。
そして、国のために犠牲が必要なら、あなたからどうぞ!という激しい言葉だ。
すっかり能面を外してしまった能馬は、聴取が終わった後でも、カメラの外でも、激しい言葉を投げつける。
だって、それはそうだろう。
目の前にいるのは、最早、かつての直属の上司であった警察官僚なんかじゃない。
ただの犯罪者だ。
しかも、能馬の部下を銃撃した男なのだ。
最後の最後、またも能馬は能面を外す。
自分と須賀だけでは辿り着けなかった真実に導いてくれた男が現場復帰してきたときだ。
目覚ましい働きで名前を売ったその男を、刑事部長が直々に捜査一課に欲しいという。
だが、その男は、ジンイチに残ると即答する。
警察の中の警察の意味をハラに落とし、覚悟を持って任務にあたる男の誕生に、能馬の唇は2ミリも上がった。
だが、口をついて出る言葉は、いつもの短いものだった。
「けっこう…」