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「密告はうたう2 警視庁監察ファイル 」観た人のためのレビュー「富樫のうた」

彼は「うた」を聴いて欲しかったのだ。
それを理解してくれるであろう佐良に。
そして、彼の、冨樫の「うた」は大きくスウィングしていた。
大義と私怨の狭間で…

あのトカレフ

振り返ってみれば、富樫が任務を遂行するのに、佐良と皆口を銃撃する必要なんて、まるでない。
しかも、ご丁寧に、互助会の入り口となる峰警部補の行動確認初日に、わざわざそれを行うなんて、ヒントを与えるようなものだ。
富樫は佐良を導いていた。
自分の「うた」を聴かせるステージのチケットを渡すために。
そのために、あの、斎藤康太を撃った線状痕を持つトカレフを、わざわざ引っ張り出したのだ。
富樫は、銃撃することで、ジンイチに、佐良に密告を投げた。
そう、メアリー・ワトソンがシャーロック・ホームズを銃撃することで依頼を投げたように。

赤い糸

富樫は、須賀にもヒントを残す。
須賀ならば、誰が仕掛けたか一目でわかるであろうトラップを見せつけ、その赤い糸がどこまで繋がっているのかを暗示する。
現場の証拠写真をもとに話し込む須賀と能馬監察官は、富樫の存在に、この「YK団に関する情報漏洩」に公安のオペレーションがなんらかのカタチで介在しているであろうことを推察しているはずだ。

太陽鳳凰会

そのことが、須賀の古傷を疼かせる。
「長袖の須賀」と呼ばれるようになった大火傷の直接の原因は、富樫の救出のためだった。
しかも、オペレーションの全容を共有されていなかった須賀は、図らずも独断による富樫の救出で、オペレーションを失敗させることになり公安を追われることになった。
12年前、公安自身による太陽鳳凰会の教団乗っ取り、テロ組織化に大きく関わっていた富樫の今回の動きは、須賀に、あのマッチポンプを、またも匂わせる。
そうして須賀は、単独で富樫を追うようになる。

桜南三丁目一家三人殺人事件

能馬監察官も、公安時代、富樫と同僚だった。
そして、15年前の「桜南三丁目一家三人殺人事件」の現場に二人とも居合わせた。
いや、正確に言えば、それは殺人事件になるはずではなかったのだ。
事前情報で手ぐすね引いて待ち構える彼ら公安の手により、犯人は事前に確保されるはずだった。
だが、現場を指揮する課長の命令により、北の工作員に殺人を遂行させることになる。
事前情報が正確かどうか見極めるためだけに…
課長の指揮を批判する報告書をあげた能馬は、公安から飛ばされることになる。
そして、当時の課長は、今では副総監にまで上り詰めている。

波多野副総監

波多野副総監は、公安時代に能馬、須賀を部下に持っていた。
そうして彼らの扱いづらさ、独自の正義感を発揮する行動に手を焼き、厄介払いをしたのだろう。
しかし、富樫は、直属の手駒として、今でも便利に使っている。
あの日、15年前、「桜南三丁目一家三人殺人事件」の現場で、ミョン兄の亡骸の前で泣きじゃくる富樫に、どんな手を使ってでも社会を変革させる必要性を刻み込ませた波多野副総監は、ついに国民生活向上法案の可決目前にまで辿り着いた。
12年前、太陽鳳凰会でしくじって以来の悲願が、ついに達成することになる。
それは、富樫にとっても、亡き友への誓いを果たすことになる。
そして、ひとつの終わりを迎えることにもなる。

互助会

互助会のトップは、波多野副総監ということになっている。
そして結局は、未だ全貌は計り知れない。
なぜなら、警視総監が正式に内部調査を見送ったからだ。
今回の波多野副総監拉致事件は自作自演であると上層部は知っていた。
無論、警視総監が含まれないはずがない。
であれば、今回の法案可決に向けて、互助会と波多野副総監の動きを詳にするわけにはいかないという警察官僚の判断があったのではないだろうか。
警視総監が互助会のトップであるとは言わないが、波多野副総監がコントロールできる組織なら、それは警視総監の思惑も働かせることができるはずだ。
もっとも、全てが明るみになった以上、警視総監としては内部調査を強行せざるを得ないだろうが…

互助会とて、波多野副総監が作り上げたものではないだろう。
もともと、そのような闇討ち、懲らしめのグループは存在していたはずだ。
ただ、もっとプリミティブだったものをオーガナイズしたのは波多野副総監かもしれないが…
あるいは、公安時代から彼は、互助会を利用していたのかもしれない。
そしていよいよとなって、富樫のようなプロを投入し、殺人をも厭わない韓国マフィアのような下請けも加えて、血の気が多いだけのお巡りさんではできないことをやらせたのだろう。

六角警務部長

六角警務部長は、なぜ殺されたのだろう?
今回のターゲットは明確に尻尾切りだった。
榎本に始まり、未遂に終わった長富ニ課長。
彼らは明確に互助会の一員だった。
しかし、六角警務部長にそれを明確化するシーンはない。
ただ、参考聴取に向かう長富ニ課長とシリアスな聴かれないような会話はしている。
そして互助会という名前を耳にしたことがあるかと問う六角警務部長に、能馬監察官と須賀は、眉ひとつ動かさず、「いいえ、まったく」と即答している。
名称は別としても、能馬監察官と須賀が、そのようなグループの存在に全く気づいていないというようなことがあり得るだろうか…

佐良と皆口の銃撃に、斎藤康太を撃った線状痕を持つトカレフが使われたという情報が捜査一課に共有されていなかった。
さらに、ジンイチの動きは逐次、互助会サイドに漏れていた。

人事一課長とて、疑問符はつく。
須賀に、富樫を追うのをやめて、本来の業務に戻るよう命令したのは直属の上司の能馬監察官ではなく、人事一課長直々だ。
もっともそれは、警務部長を兼任するようになった波多野副総監からのキャリアの縦関係かもしれないが…

富樫のうた

富樫が「うた」のために用意したステージは、シャオテックの工場。
2年前、斎藤康太がトカレフで撃たれた現場だ。

ミョン兄に社会の変革を誓ってから15年、国民生活向上法案の可決ももう見えた。
これで長い仕事も終わる。
そうしてようやく、ミョン兄の仇を打つこともできる。
もう、波多野副総監を生かしておく必要がないからだ。
富樫の最後の仕上げは、波多野副総監が認識していたものとは違っていた。
だが、佐良だけは、それを正確に認識していた。

富樫は、当初から、ことが成就したら波多野副総監を殺害するつもりだったのだろうか?
もしかしたら、それを決断したのは、2年前、シャオテックの工場に居合わせたからかもしれない。
目の前で、若くて優秀な警察官が、またも理不尽な命令により死んでいく。
しかも彼は、婚約をしたばかり。
そして、その様を、呆然として見つめるしかない男がいる。
その悲しみに暮れる姿に、佐良の姿に、富樫は封印していた15年前の自分の感情をフラッシュバックさせたのではないだろうか。
大義もある、命令でもある、でも、やはり、波多野という男を許すことはできない。
そうして、彼だけの最後の仕上げを用意することにした。
その「うた」を歌うために、ふさわしいステージを用意し、ふさわしい観客を招待することにしたのだ。

決して止めて欲しかったわけじゃない。
まして背中を押して欲しかったわけでもない。
ただ、ああ、わかるよと見ていて欲しかったのだろう。
そして、もう決して明るみに出ることもない、斎藤康太の死の真実を、佐良に、皆口に伝えてあげたかったのではないだろうか…

だが、自分と同じ立場の男は、もう、やめましょうと言うではないか。
わからないからじゃない。
誰よりも気持ちが分かった上で、やめましょうと言う。
法律や正義の話ではなく、目の前で誰かが死んで、誰かが悲しむ姿を見たくないんだと。
あんな目に遭っても、自分とおんなじ目にあっても、まっすぐ揺るがないものをぶつけてくる。
だから、大きくスウィングしていた「うた」のサビは意外なものだった。
「君のような警察官になりたかった…」
あるいは、榎本の「うた」のサビも同様のものだったのかもしれない。

そうして彼の、富樫の、最後の安堵の表情が忘れられない。
「能馬監察官が、これまでの全ての話を聞きます」
そう告げられた富樫は、「能馬さんに?」と聞き返す。
決して許されることはないし、甘い言葉はないだろう。
ただ、全てを余さず受け止めてくれる。
その能馬監察官に全てを話せる。
その喜びと安堵が、彼が感じた最後の感情だったなら、せめてもの救いというものだ…

富樫自身が斎藤康太に手を下していなかった。
犯人である北の工作員は、すでに確保されている。
それらは吉報でもある。

そして、奇しくも斎藤康太自身も、その思いを果たすことができた。
皆口への隠し事をなくすという約束は、2年という時間をかけてようやく果たされることになった。
富樫という男が、その「うた」を届けてくれたことを、斎藤康太は知っているだろうか…

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