1日が終わり人々が家路へと急ぐ頃、俺の1日は始まる。
メニューはこれだけ。
あとは勝手に注文してくれりゃあ、できるもんなら作るよってのが俺の営業方針さ。
営業時間は夜12時から朝7時頃まで。
人は「深夜食堂」って言ってるよ。客が来るかって?
それが結構来るんだよ。
毎回、このナレーションとともにドラマが始まる。
最初に放送されたのが2009年10月。
それからシーズン3までTV放映されて、現在は映画も公開中。
そういう意味では、僕は随分と遅れてこのドラマと出くわした。
それも、今評判の店を「ぐるなび」で検索するような出会い方ではなく、評判もナニも知らず、今となってはそのキッカケさえ思い出せないくらいに偶然見ることになっった。
それこそ、路地裏のこの店にたまたまフラッと入ってしまったように。
めしやのメニューは基本、豚汁定食とビールと、酒だけ。「あとは勝手に注文してくれりゃあ、出来るもんなら作るよ。ってぇのが俺の営業方針さ」
ココに通う、あるいは迷いこんでくる客が頼む料理を軸にストーリーは展開する。
と言ったって、頼まれるものは、猫まんまだったりバターライスだったり、大したものじゃない。
だから、食べ物に関するウンチクは一切顔を出さない。
語られるのは、どこにでもいるような人達の、誰にでもあるような、些細だけどずっと消えないまんまの傷の話。
なかには、きんぴらごぼうのように、新たな大きな傷を生むものもあるけれど…
マスターは黙って料理を作り、あとは聞いてるんだか聞いてないんだか、客のつぶやきを背に黙ってロングピースを燻らせてる。
なんてぇことのないのない話は、ひねりなく進み、でもそのうち見ているコチラのおなかの奥に沁みてくる。
自分でも作れるようなものを頼むのは、その料理が誰かさんに作ってもらい、誰かさんと味わったものだから。
一日が終わり、家路へ急ぐ人々、ただ何かやり残したような気がして、寄り道したい夜もある。
客は料理を味わいながら、一日のだけではない人生のやり残しにフッと出くわす。
客が、そうした誰かさんとの思い出と想いを味わう姿は、コチラの時間のミルフィーユにも沁みてくる。
ひねりのない真っ直ぐな話は癖になり、ストーリーはもうわかっているのに、おんなじエピソードを何度でも繰り返し見てしまう。
それこそ、もう新たな驚きはないと知りながら、フッと猫まんまを食べるように。
見終わった後、お腹が空くのは間違いない。
きっとあなたはナニカが食べたくなる。
そして食べたくなるものは、しばらく忘れていたナニカだ。
その時あなたが食べたくなるものは、なんだろう?