あの選択をしたから、あるいは選択しなかったから、今、この現在の「僕」は、このようになっている。
ブロック宇宙論的に言えば、違う選択をしたそれぞれの「僕」も、全てどこかに存在しているはずだ。
そっちの「僕」たちよ、調子はどうだい?
上手くいってる?
満足してる?
まあまあ妥協できるレベルかな?
それとも、今ここの「僕」みたいに、もうひとつしっくりいってないかな?
人生が万事塞翁が馬と実感する場面は増えていくけれど、それでも、あのとき、こうしていればなぁ…と頭をよぎることはあるよね。
後悔?
いや、それとも違うような気もする。
「此処ではないどこか、今ではないいつか」にただ逃げ込みたいだけなのだろうか。
ブロック宇宙論的に言えば、「未来」という場所の「僕」もすでに存在しているはずだ。
たまには、「彼」とも一杯やってみたいもんだよね。
「現在」という「過去」にいる「僕」を、「彼」は、一体どんな眼差しで見つめているのだろうか…
