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2023 第57回 スーパーボウル「5+1=0」

カンザスシティ・チーフスとフィラデルフィア・イーグルスの対戦となった第57回 スーパーボウルは、スコアだけ見れば3点差という接戦だった。
しかし、このゲーム最大のポイントにチーフスは完勝してみせた。
それは簡単な公式で説明することができる。
5+1=0
OL 5人とTE 1人の完璧なプロテクションは、QBサック「ゼロ」という最適解を導いたのだ。

vs Sackadelphia

イーグルスの強力なパスラッシュは、QBにストレスを与えるだけでは済まない。
時にそれは、ゲーム自体も破壊してしまう。
60ヤードも逃げ回った挙句パスを投げてしまう、いつものパトリック・マホームズであれば、ひらりひらりと舞いながら、トリッキーなスローイングを見せられるかもしれない。
しかし、足首の負傷で、およそ機動力と呼べるものを失ってしまった彼に、このゲームでそれを求めることはできない。
だから、このゲームの最大のポイントは、チーフスのプロテクションにあった。
彼らが、どれだけMVPを守れるのか?
そして出した回答は100点満点の「ゼロ」サック。
ターンオーバー「ゼロ」というボーナス付きだ。

#83 TE ノア・グレイ

もちろんOLは称賛されるべきだが、ラインアップする5人だけで、この結果が出せたわけではない。
そこに加わったもうひとりの存在が大きい。
TE ノア・グレイだ。

情報源: Photos: Game Action at Super Bowl LVII | Chiefs vs. Eagles

あっちこっちにアラインしてモーションでも動き回るトラビス・ケルシーとは対照的に、彼は伝統的なTEのポジションにセットすると、ほとんどリリースすることはなかった。
彼の仕事は、マッチアップするイーグルスのハサン・レディックを自由にさせないことだった。
彼の丁寧なプロテクションは、ハサン・レディックから獰猛さを奪い、その存在を消してしまった。
やっとフリーになれたとハッスルしてラッシュするハサン・レディックの背後で、彼はTEスクリーンを見せていた。
この日、チーフスはハサン・レディックの背後に幾度となくパスを投じた。
変化をつけようと深い位置にハサン・レディックがアラインすると、パトリック・マホームズはオーディブルで、そこへのランプレイをコールした。

地味に重要な役割を果たす彼に、僕はひとりのTEを思い出していた。
ワシントン・レッドスキンズのドン・ウォーレンだ。
自らはパスコースに出ることはなく、時にスロット、あるいはバックフィールドにもポジションをとりながら、ブロックとプロテクションでチームを支えた髭のTE。
そもそもジョー・ギブスが2TEを採用した理由は、ローレンス・テイラーの登場によってOLBが手がつけられないほど強力になったからだと聞いたことがある。
強力なエッジにTEをマッチアップさせることの効果を、このゲームであらためて実感する。
そして、スタッツにあらわれる事のないTEの働きというものも…

史上初の黒人QB対決

ワシントン・レッドスキンズといえば、この日のセレモニーにダグ・ウィリアムスの姿があった。
このゲームは、スーパーボウル史上初の黒人スターターQB同士の対戦だったからだ。

黒人QBとして初めてスーパーボウルに出場し、MVPを勝ち取った彼は、この対戦をどんな感情で見つめていたのだろう。
ついこの間のことだと思ったら、あれから実に35年も経過している。
しかし、世界はノロマながらも着実に進歩を続けているということか。

#10 RB アイザイア・パチェコ

イーグルスのパスラッシュ対策としても、チーフスがどんな風にランプレイを取り入れるのだろうと思っていたら、ファーストプレイからアイザイア・パチェコにボールは渡された。
この日のチーフスは1st downのランプレイにこだわっていたように思える。
ショートヤードでなくてもTEを3人も投入し、まっすぐなランプレイ。
そしてそこからのプレイアクション。
期待に応えた彼は、このゲームのリーディングラッシャー。
そう、両チーム通じてのだ。

7巡全体251位指名といえば、Mr. Irrelevantとそう変わらない。
最近の防具のせいか、やたらと細身に見えるアイザイア・パチェコだが、彼のパフォーマンスは期待値を超える。

予測値よりも173ヤードも上積みした彼の記録は、過去2年のルーキーの中で最多。

アウトサイドのラン守備が得意ではないイーグルスにとって、特にエッジに位置する選手にとっては厄介な存在だったに違いない。
チーフスは、幾つもの仕掛けを細かく積み上げて、イーグルス最大の武器であるパスラッシュ能力を封じ込んでいったのだろう。

マンカバーにはモーションを

マンカバーに絶対の自信を持ち、その力でリーグを勝ち上がってきたイーグルスは、この日も多用した。

しかし、リーグで3番目にマンカバーと対戦する機会の多いチーフスは、それを逆手にとった。

極めつけは、このプレイだろう。

モーションに過剰に反応してしまうミスをつかれ、修正できないまま、立て続けに2TDを奪われてしまったイーグルス。
アンディ・リードは、修正しにくい後半まで、この弱点を取り置きしてたんだろうか?

不発に終わったが、いやらしさを感じたのがこのプレイだ。

レギュラーシーズンでも話題になった子供のお遊戯のようなフラワーサークルからのシフト。
しかし、レギュラーシーズンでは11人全員で行ったのに対し、この日はラインマン5人はセットさせ、残り6人でフラワーサークルを描いた。
マンカバーする方は、たまったもんじゃない。
さらに、もう1段階深い仕掛けがしてあった。
最終的にアンバランスラインにシフトすることで、RTに位置する選手は有資格捕球者になる。
慌ただしくカバーしなければならない状況でラインマンが見過ごされるようにデザインされているのだ。
英語には詳しくないが、Nastyとは、きっとこういう時に発せられる言葉のはずだ。

#19 WR カダリウス・トニー

イーグルスは、チーフスから時間を奪うことには成功していた。
コツコツ刻むドライブは、17プレイというスーパーボウル記録を生んだ。
しかし、7分45秒かけて60ヤード進んだドライブの結末はFG止まり。
一方のチーフスは、効率が良かった。
パントリターン1発で65ヤードもゲインしたのだ。

AWSの機械学習が弾き出した予測値は10ヤードに過ぎなかった。
しかし、55ヤードも上積みされたそのリターンはスーパーボウル記録となった。
大きくカットを切ったカダリウス・トニーも見事だが、それに反応したリターンチームも素晴らしい。
彼らは見事に壁を形成して、カダリウス・トニーを送り届けた。
ノア・グレイも、リターンチームの一員として壁の形成に一役買っている。

思えば、AFC Championship Gameの大逆転劇もチーフスのルーキーWR スカイ・ムーアの29ヤードのリターンのおかげだった。
安全面への配慮から、いろいろといじくられたキックオフでは、もうハプニングは起きにくいだろう。
まだいじくられていないパントなら、そうしたことが起こる余地は残されているのかもしれない。
スペシャルチームは重要だなんてわかったように言っていたけれど、あらためてスペシャルチームの破壊力というものを実感する。

#1 RB ジェリック・マッキノン

小柄ながら、その強烈なブロックをNFL WAY TO PLAYに表彰されたジェリック・マッキノン。
フラット・ルートにおいて、パトリック・マホームズの重要なターゲットである彼は、パスを受けながら、アクセントを加える働きを見せていた。

オフセットIのFBにセットしてショートヤードを突破したり、ゴール前でアイザイア・パチェコのリードブロッカーになったり…
彼もチーフスのオフェンスには欠かす事のできないバイプレイヤーなんだろうね。
何より彼は、得点をして記録に残ることよりも、チームの勝利を確定させるスライディングを躊躇なく選択しているんだよね。

そういえば、以前のスーパーボウルで見せた1948年のローズボウルから引用されたプレイの続きを僕は楽しみにしていた。
あれはパッケージの一つに過ぎなかったから、別のプレイが見られるはずだと。
残念ながら、今回、それを拝むことはできなかった。
しかし、懐かしい別のプレイに遭遇した。
FBのマイケル・バートンがフィールドに入り、何をやるのかと思っていたら、アンダーセンターのプロフォーメーションにスプリットバック。
そこからOGを2枚プルさせたハンドオフスイープ。
こんなのスーパーボウルで見たのは何年ぶりだろう?
以前は、49ersがよく見せていたし、その源流はグリーンベイ・パッカーズだ。
アンディ・リードもパッカーズでNFLのキャリアをスタートさせたし、マイク・ホルムグレンを通してビル・ウォルシュの系統樹にぶら下がっているんだよな…

情報源: NFL百年の走馬燈(7)100年を4分間で一気に振り返る動画とビル・ウォルシュ | ALOG

あ!そういえば、第1回のスーパーボウルってチーフスとパッカーズの対戦じゃないか。
ただただ、実効性を求めてプレイコールしているのだろうが、チーフスのプレイ選択は興味深い。
今回も、ハイスクールでやりそうな、すっとぼけトリックプレイもあったしね。

最後に走ったパトリック・マホームズ

ずっと守られ続けたパトリック・マホームズは、最後の最後にスクランブルに出る。
プレッシャーから逃れるためではない。
目の前に無人のスペースが広がっていたからだ。
躊躇なくテイクオフした彼の姿は、これで決めてやると宣言しているように見える。
今まで、よくブロックしてくれた。これで決めると。

そうしてリーグのMVPは、このゲームのMVPになった。
それは、ジョー・モンタナとトム・ブレイディだけのクラブの加入資格を得ることになる。

しかし、NFLに加入してわずか6年でこれを成し遂げたのは、パトリック・マホームズが初めてなのだ。

#ChiefsKingdom

ずっとチーフスのTwitterアカウントで使われている、このハッシュタグ。
初めてこのハッシュタグにリアリティと重みを感じる。
GOATも引退し、若き王は最速で王座に登り詰めた。
4年で3度のスーパーボウルに2回のチャンピオン。
ミズーリ州の王国は、このまま王朝を築くことができるのだろうか。
絶え間なく選手が流動していくこのリーグで、常にベストメンバーを維持することは財務諸表が許さない。
しかし、若き王は、特定の選手に頼らない攻撃で今シーズンを乗り越えてきた。

若き王が健康でありさえすれば、王朝を築いていくことは、そう難しいことではないのかもしれない。
しかしそれも、Sackadelphia相手にサックを許さなかったOLの存在があってこそではあるけれど…

 

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