タバコをやめて3日目の僕に贈るテキスト

不思議なもんだ。
タバコを吸っていたと言っても、1日中、24時間「のべつ幕無し」で吸っていたわけではない。

1本5分として、10本としても50分。
1日の中でタバコ吸ってる時間なんて5%くらいのものだ。

なのに、タバコをやめた瞬間、急に手持ち無沙汰になって、すごく時間が余ってる気になる。
そう、これまでの人生でタバコを吸うこと以外のことを何もやっていないような気さえしてくる。

Geminiが、その種明かしをしてくれた。

時間が余る感覚

1. 脳の「時間の感覚」がバグっている

タバコを吸うと、脳内でドーパミンという快楽物質が強制的に分泌されます。禁煙するとこの分泌が急激に減るため、脳が「退屈だ」「刺激が足りない」とアラートを出します。脳が飢餓状態のようになっているため、何もしていない1分が、いつもの10分くらい長く感じられてしまうのです。

2. 「時間の区切り(句読点)」を失った

喫煙者は無意識のうちに、タバコを生活の「句読点」として使っています。

  • 仕事が一段落したから1本
  • ご飯を食べ終わったから1本
  • 移動の前に1本

この「次の行動へ移るためのスイッチ」が急になくなるため、時間のつなぎ目をどう過ごしていいか分からなくなり、空白の時間がものすごく広く感じられます。

やたらと眠い

タバコをやめると、手持ち無沙汰な感じと併せて、やたらと眠くなる。
その仕組みもGeminiが教えてくれた。

実は禁煙を始めると、これまでニコチンという強力な覚醒剤で無理やり引き上げられていた脳の覚醒レベルが急降下します。さらに、自律神経がニコチン依存から抜け出そうと激しく変化するため、2日目〜3日目は強烈な眠気に襲われる人がとても多いのです。

強烈な眠気も、手持ち無沙汰感と同じで数日(長くて1週間程度)で必ず落ち着きます。今は体が大工事をしている最中なので、ダラダラ過ごして自分を徹底的に甘やかしてあげてください。

というわけで、いつも以上にダラダラしている。
手持ち無沙汰を埋める最後の手段として、テキストを打って時間を潰している。
せっかくだから、タバコをやめるときのあれこれをルポルタージュしておこうと思ったわけだ。
こういう時にAIがいてくれるってのは、何かと心強いよね。

「今日だけ」を考える
「一生吸わない」と考えると気が遠くなりますが、「とりあえず今日、ベッドの中でやり過ごす」だけでいいと思えば気が楽になります。

毒をもって毒を制す

タバコは美味しいし、その代わりに人生に喜びを与えてくれるものも見つからない。
このまま、ダラダラ吸い続けるという選択も全然悪くない。

ただ、自分で状況を選べないということが癪に障る。

例えば、酒なら、飲むか飲まないかを選択できるし、飲んでない日の方がずっと多い。
でも、タバコって、吸う日と吸わない日を選んでないよね。
吸い始めたら、吸わない日がない。
自分に選択権がないというのも、癪に障るのだ。

これがないと生きられないってものを減らしていきたいよね。

あらためて自分自身の行動パターンを振り返ってみると、ニコチン自体を欲するたびに火をつけているというよりも、生活パターンに組み込まれていると言えそうだ。
あの往年の名コピー「生活の句読点」さながらだ。

だとすると、これまで句読点を打っていたタイミングに、何かひと工夫すればいいということかな。
吸いたい気持ちは、3分から5分。
その短い時間、自分を誤魔化せばいい。

以前、タバコをやめた時は、TwitterがまだTwitterで、InstagramもFacebookに買収される前だった。
だから、あのとき、僕はタバコを吸いたい気分をソーシャルのやりとりで誤魔化せたのだ。

今のXとInstagramじゃ無理だろうね。
カタログをめくる作業が増えるんなら、余計にストレスかかっちゃうもんね。

読んでる方はお察しのように、このテキストは、タバコをやめた僕が手持ち無沙汰を埋めるために打っているものだ。
中毒性の強いデジタルガジェットを、ニコチン中毒にぶつける。
毒をもって毒を制すってやつだね。

まず、最初の1日を乗り越えられれば、なんとかなるはずだ。
スタートするよと重いペダルを踏み込まなきゃならないけれど。

そうして今日は3日目。
ま、最初の3日間を乗り越えれば、なんとかなるだろう。

セカイはクサイけれど

あとは、ニオイに対しては、腹を括っておかなければならない。
タバコをやめてしまうと、ニオイに敏感になる。

タバコはクサイと眉をひそめてる人たちが、いかに、ご自分の生活臭を公害のように撒き散らしているかには気づかない。
それこそが、タバコをやめるときに最も辛いことなんだよね。

セカイはクサイし、タバコを吸う以外の楽しみもこれと言って見つからない。
じゃ、もういいや。

前回、そう思って、タバコを吸う生活に戻ったんだよね。

今回は、セカイがクサイことも、タバコを吸う以外の楽しみも見つからないだろうことも前もって知っている。
目標や目的もないのに、今回は続くのかな…

まあ、このブログにしたって、目的も目標もないのに、ダラダラ12年以上続いてる。
それこそ、習慣というか、僕の人生の句読点にしてしまえばいいわけだ。

これまでは、ひとつのアーティクルを書き終えたら一服という、大変リズム感溢れる句読点を打つことができたけれど、今後は、どうすればいいんだろうね。

またすぐ、次のテキストに取り掛かれるほどには、僕の中の鉱脈は潤沢ではないんだよね…

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