天国のような5年間の後の地獄のような1週間。
この1週間で、彼は、実に多くのものを失った。
しかし、まだ生き延びている。
彼の名は、ジャルダーニ・ジョヴォノヴィッチ。
現在は、ジョン・ウィックと呼ばれている。
最愛の妻ヘレンを亡くしてからというもの、彼は矢継ぎ早に大切なものを失い続けている。
ヘレンの最後の贈り物デイジー、掟を破ってまで彼を守ってくれた友人マーカス、思い出のつまったかけがえのない家、コンチネンタルの会員資格。
そして、薬指と指輪もそれに加わった。
デイジーに比べればはるかに器量の落ちる名なしの犬と、ようやく取り戻した、原型は留めていないものの、自動車としての機能は最低限有している69年型のムスタング。
残されたのは、その2つだけだ。
バカ息子ヨセフがいなければ
ヴィゴのバカ息子ヨセフが、あの男がババヤガと恐れられる男だと知っていれば、デイジーが無傷ままで車を返していれば、この1週間の物語は始まらなかったのだろうか?
答えはネガティブだ。
いずれにせよ、Mr.ウィックは、あの厳格な掟とルールに支配された世界に引き摺り戻されたはずだ。
血の誓印
血の拇印をもって交わす生命より重たい契約。
自らの引退を賭けた大仕事のために、サンティーノと交わした契約は、いつまでも彼を縛り続けたはずだ。
彼が復帰したから来たのだとサンティーノは言った。
復帰したのならば契約を果たせと。
とんでもない。
ただサンティーノが彼を利用したい機会が生まれただけだ。
だからもし、ヘレンが生きていたとしても、今度は彼女を盾にとられ脅迫されていたはずだ。
主席連合
ジョン・ウィックは、主席連合のお家騒動、もっと言えばイタリアン・マフィア「カモッラ」の跡目争いに巻き込まれたに過ぎない。
実の姉を消し去って主席の座に、ハイテーブルに着きたかったサンティーノが凄腕のブギーマンを必要としていただけのことだ。
そうして全ての罪を着せられ、オープンコントラクトの対象となった彼の賞金は1400万ドル。
逃亡の最中にも、その値段は上がっていく。
ジョン・ウィックは、血の誓印の義務は果たしたが、コンチネンタルで仕事をしてはいけないという掟を破ってしまった。
「ルールがなければ、動物と同じ」
ウィンストンが常々口にする台詞は、裁定人の口からもそのまま聞くことができる。
しかし、ルールとは、掟とは、統治する側の方便に過ぎない。
だから、古の掟に従い、ジョン・ウィックにチケットを与えたルスカ・ローマのディレクターは罰せられることになる。
血の誓印よりも主席連合が優先されるという、裁定人の端的な一言ともに。
ジョン・ウィックだけではなく、その協力者にも広がった処罰対象に、直接的な傘下組織ではないはずのバワリー、長く忠誠を果たしてきたコンチネンタル・ニューヨークも加えられることになる。
わずか銃弾7発の慈悲を、わずか1時間の猶予という友情を全権を持つ裁定人は見逃さない。
汝平和を欲さば、戦への備えをせよ
主席連合との対決を決めたコンチネンタル・ニューヨークの支配人ウィンストンが、ラテン語でパラベラムを口にする。
彼は戦うことでしか道を拓けないないことが身に染みているのだろう。
そうして、見事、主席連合の精鋭なる使節を実力で排除した彼は、協議に持ち込み、これまで通りの権力の保全に成功する。
では、タイトルのパラベラムとは、このシーンを指しているのだろうか?
いや、決してそうではない。
これは、ジャルダーニ・ジョヴォノヴィッチに、ジョン・ウィックに向けられるべき言葉だ。
「ジョナサン、戦への備えをせよ」
引退に成功したなどというのは幻に過ぎなかった。
掟やルールで縛ろうとする存在がある限り、彼が自由になれることはない。
報いを受けるというのなら、それを与える存在を消してしまえばいい。
望まない自分として生き永らえるのか、ありたい自分として死ぬのか。
腹を括らねばならない。
アチラの御沙汰を待っている場合ではない。
こちらから撃って出なければならない。
バワリー・キングも身に染みたはずだ。
主席連合が頭を踏みつけている限り、王などと名乗っても意味をなさないことを。
ウィンストンが、どのように動くのかは予測がつかない。
しかし、彼がジョナサンに与えていたものは、「あの1時間」だけではない。
彼は、サンティーニから履行されたと証明済の血の誓印をもぎとり、それも与えていたはずだ。
相手は、社会と言ってもいいほどの巨大な組織だ。
勝ち目はあるだろうか?
もはや、それはどうでもいいことだろう。
何者として死ぬか
これこそが重要なのだ。
ただし、彼の背中の刺青には、こう記されている。