2021年12月17日に公開が決定したマトリックス レザレクションズ。
前作からのつながりも、どんな展開になるのかも一切不明だ。
マトリックス第1作がもたらした衝撃と遺産を、キャストが振り返る特別な動画が公開されている。
公開日は1999年9月11日。
まだ、世界が911を知らない「うぶ」な頃の話だ。
The Matrix | Legacy Featurette
Guns. Lots of guns
ジョン・ウィックでも引用された名台詞のオリジナルシーンも入っていたね。
日本語的に言えば、「ありったけの銃をくれ!」という感じだろうか。
情報源: 「ジョン・ ウィック:パラベラム」観た人のためのレビュー(1)「Guns. Lots of gunsと9mm メジャー弾」 | ALOG
Nokia 8110
マトリックスといえば僕が真っ先に浮かぶのが、この携帯電話だ。
初めて目にしたスライド式のケータイのカッコよさ!
なんとか手に入れようとしたけれど、当時はユーザーが自由に端末を選べる時代じゃなかった。
仕方なくNM502iで妥協したのを覚えてる。
ガチャガチャと意味なくスライドさせてたね。
情報源: NTTドコモ NM502i モックアップ – モックセンター
現在、iPhoneやスマホはインフラにきちんとつながっている感覚がある。
なんというか大いなるクラウドの操作端末というか…
しかし当時、携帯電話には、そうした感覚がなかった。
ネットワークの一部にいるのではなく、あくまで個人の単独の通信装置。
今思えば、そういうスタンドアローン感が、ネブカドネザル号のクルーにはしっくりくる。
もし同じシーンを、スマホを取り出して画面をタップなんてやってたら、いまいちカッコよくはないだろうね。
かといって、現在の映画にケータイが登場するのも違和感がある。
今回の作品では、脱出シーンはどのように描かれるんだろう?
現実と脳と腸とココロ
最初に惹かれたのは、そのスタイリッシュで見たことのない映像だった。
しかし、その世界観に、なんというかしっくりくるものがあった。
人間は、機械の電池として生きている。
そして、機械は見返りに人間の脳に人生という映像を与えてくれる。
僕らは、現実でも脳を通じて全てを感じる。
だとすれば、幸せを感じるような電気的な刺激を与えられた人間は幸せといえるんじゃないだろうか?
僕はサイファーの選択を笑いとばすことはできない。
現実の厳しい世界。
電気信号によってもたらされる幸せな世界。
それを、最終的に脳に変換されて僕らは感じとる。
そこに現実とそうでないものの区別が本当にできるのか?
あるいは、区別することに意味があるのか?
現実とは?幸せとは?なんて書いてくとアレだけど、結局のところ脳とせいぜい腸くらいでしか僕らは心を育めない。
意識と呼ぶべきものなのか、そんなことを考えさせられることになった。
なんでしっくりきたかといえば、昔からずっと考えていたことがある。
僕が赤いものを見て「赤」と言う。
あなたも同じものを見て「赤」と言う。
しかし、あなたに見えているものは、僕から見れば青色をしているのかもしれない。
現実と呼ばれるもので、僕が見ているものと、あなたが見ているものは、本当に同じ映像なのか?
そんなことをよく考えていたんだ。
さて、あれから20年。
911が起こったり、ウォシャウスキー兄弟はウォシャウスキー姉妹になってしまったり、僕らはもう大抵なことでは驚かない。
だから、新作がどんなことになっていようとしっかりと受け止める覚悟はできている。
そしてこれも、大いなるシュミレーション世界の一つのイベントに過ぎないとしても…