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ターミナル・リスト 観た人のためのレビュー「45口径と9mmと」

Amazon prime videoで配信中のターミナル・リスト
たいして期待していなかった僕だけど、あのシーン以降、急激に物語に引き込まれて、一気に最後まで視聴してしまった。
しかも、主人公であるネイビーシールズのジェームズ・リース少佐が愛用する銃は、あのTaran Tacticalのカスタムによるグロック19だ。

.45ACP vs 9mm

あのシーンとは、リース少佐が部下の自殺の方法に疑問を感じるシーンだ。
部下だったブーザーは拳銃による自殺と断定された。
そして、その銃弾は9mmであると。

情報源: File:SIG-Sauer P226 MK25 The Terminal List.jpg – Internet Movie Firearms Database – Guns in Movies, TV and Video Games

このことにリース少佐は大きな疑問を感じる。
かねてより.45ACPの信奉者であり、キンバーを愛用していたブーザーが、自らの命を断つ際に9mmを選ぶはずがないと。

情報源: File:KimberWarriorII.jpg – Internet Movie Firearms Database – Guns in Movies, TV and Video Games

.45ACP vs 9mmという、どちらの弾丸が優れているのかという議論は、もう何十年も続いていると聞く。

装弾数は少なくなるがマンストッピングパワーに優れた.45ACP 。
マンストッピングパワーは劣るが、圧倒的に装弾数の増える9mm。

どちらの弾丸が優れているかという議論だ。

ハンドメイドの怪しげな鉄砲でしか危機を感じない平和ボケの島国にいる人間にとって、マンストッピングパワーという感覚がいまいち腹に落ちない。
しかし、ベトナム戦争でも新型のM16より、旧型の大口径のM14のほうが戦場では有効だったという報告もある。
複数の9mmを被弾しながら警官に襲いかかった犯人もいたという話もある。
いやいや、言うほどパワー自体は変わらないんだから装弾数が多い方がいいでしょと言う専門家もいる。

しかし、現場をよく知る人間ほど、マンストッピングパワーを痛感している人間こそ.45ACPの信奉者が多いとも聞く。
軍で正式採用されているのは9mmだが、特殊部隊においては.45ACPも当たり前のように使用されている。

そうしてその間に、ジョン・ウィックも使用した9mm メジャー弾のようなものが生まれてくるのだろう。
装弾数を減らすことなくマンストッピングパワーを向上させるものとして。

そしてそんな議論を、リース少佐とブーザーは延々と繰り広げていたのではないだろうか。
それこそ、一杯やりながら。
だから彼は確信するのだ。
ブーザーが9mmなんかで自殺するはずがないと。

The Terminal List TLG19

リース少佐は9mm信奉者のようで、グロック19を愛用している。
Taran Tacticalにカスタムされたそれは、実際に販売されている。

情報源: The Terminal List TLG19 – Taran Tactical Innovations

Taran Tacticalといえば、ジョン・ウィックにガンフーのパートナーとして、美しくもタクティカルなカスタムガンを提供しているところだ。
あれに比べれば、今回のカスタムはミニマルでプラクティカルだと言える。
しかも、ただでさえコンパクトなグロック19は、リース少佐の体躯を持ってすればコンシールドキャリーも容易にできそうだ。

原作者のジャック・カーはネイビーシールズのスナイパーだったという経歴を持っている。
彼のYouTubeチャンネルでは、タランと共に別のカスタムではあるがグロック19を試写する動画も公開されている。

完全な復讐劇と揺らぎ

物語は完全な復讐劇である。
陰謀を企てた相手は、リース少佐の部隊を全滅させるだけでなく、彼の妻子の命も奪った。
復讐を誓う彼だが、そこに揺らぎが生じる。
復讐の是非などではない。
自己の信頼性だ。
戦闘の後遺症と見られる症状は、頭痛だけではなく、幻覚、記憶障害までも生じさせる。
陰謀だと騒ぎ立てるのはPTSDによる妄想だと疑われ、自身ですら確信が持てない。

しかし、敵が顕在化してからの彼はまっしぐらに目的に邁進する。
手書きの復讐リスト(ターミナル・リスト)に浮かび上がった対象の名前を書き込み、倒した名前は消し込んでいく。

「何のために復讐なんかするの?」

なんてくだらない質問を浴びせかける人間は、彼のまわりには存在しない。
彼と同じ気持ちの仲間たちが、復讐は手段ではなく目的なのだとばかりに躊躇なく行動していく。
そうして、直接、彼の妻子に手をかけたものには、相応の手段で復讐を遂げる。

情報を得るためだけに利用していた新聞記者のケイティ・ブラニクは恐怖に怯えながらも、したたかに有能に振る舞い、リース少佐を真実に導いてくれた。
そうして彼女も成すべき務めを果たすことができた。

こうした物語に触れるたび、この日本においては、どうすればいいんだろうといつも考えさせられる。
いつも「おはなし」の中では、正義の新聞記者が窮地を救ってくれて正義を執行してくれることになっている。
しかし、反政府を表明して近頃いちばん名前を売った「新聞記者」は、事実の報道よりプロパガンダと売名にしか興味がない。
もし自分がリース少佐のように窮地に陥ったとして、頼るべき存在がいるのかと妄想してみる。
令和4年の日本にあっては、足りないもののリストばかりが増えていく…

 

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