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東京2020 車いすラグビー「マーダーのちインテリジェンス」

最初に車いすラグビーの存在を知ったのは、映画マーダーボールを見たからだ。
タイトルを見た時、近未来のディストピアを描くフィクションだと思った。
ところがそれは、現在のドキュメンタリー。
だが、内容はフィクションを遥かに超えていた。

トップスピードに上がった車いすが、互いを弾き飛ばそうとフルコンタクトを繰り返す。
しかも乗っているのは障害者。
そんなフィクションなんて、誰も描けないではないか…

Here to Win

障害者スポーツというものに僕らが持っている、ふんわりとしたイメージを打ち砕く動画。
積み重ねた努力が、圧倒的な力を持つものに一瞬で弾き飛ばされるスポーツ特有の苦さを描いた秀作だ。
弾き飛ばされ床をなめさせられた屈辱は、生涯消えることはないだろう。

だから、そうならないためにやってきた。
目の前の相手を弾き飛ばすために。
ただ勝つために。

「俺たちは勝ちに来たんだ。誰かを勇気付けるためじゃねえ。」

情報源: WWR – World Wheelchair Rugby

マーダーのちインテリジェンス

ラグビーやアメリカンフットボールの世界では、よく交通事故にあったようなヒットという表現を用いる。
それほどに激しくダメージをもたらすものだと。
しかしこの車いすラグビーでは、そのヒットはリアル交通事故だ。
トップスピードに乗った車いす同士の激突を、タックルと表現するのは生易しすぎるかもしれない。
少なくとも球技の中においては、最高レベルの衝撃ではないだろうか。
誰がつけたかマーダーボール。
よく言ったものだと思う。

しかし、競技を知るようになると、それがとてつもなくインテリジェンスの必要なスポーツだとわかる。
僕の感覚で言えば、これはラグビーというよりアメリカンフットボールに近い。

ローポインターが鍵を握る

華々しく得点を重ねていくハイポインター。
アメリカンフットボールでいえば、彼らはQBでありRBでありWRだ。
しかしそれは、ローポインターの働きなしにはなしには成立しない。
ハイポインターのために身を挺してガッチガチのブロックを繰り広げる彼らは、アメリカンフットボールにおけるラインマンと言えるだろう。
そう、スポットライトを全く浴びることのない彼らのことだ。

みなさんよくご存知のように、ラインマンが強ければ、どんなヘボいバックスでもそれなりに活躍することができる。
しかし、ラインマンが脆弱ならば、どんなに優秀なバックスでも活路を開くことができない。
そして彼らは、ときに決定的なタックルを繰り出すLBでもあるのだ。

しかしその激しいプレッシャーをかいくぐって、ラグビーでは許されていないフォワードパスで長いポストパターンを鮮やかに決める。
そんなところも、アメリカンフットボールらしい。

ヘッドコーチはGMのように

車いすラグビー特有のルールに、チーム編成の縛りがある。
障害の軽いハイポインターだけで4人全員をそろえることができない。

障害の重い0.5から軽い3.5まで0.5刻みで7段階に分かれる。2.0以上の選手をハイ・ポインター、1.5以下の選手をロー・ポインターと呼ぶ。そしてコートに立つ4人の持ち点の合計が常に8点以下でないといけない。障害の軽い選手だけでチーム編成ができないようにして、障害の重い選手にもプレー機会を与える発想も、車いすバスケと同じだ。

情報源: 車いすラグビー、ルールと戦術を解説: 日本経済新聞

アメリカンフットボールでは、NFLでは、チーム間の戦力均衡を図るためにサラリーキャップを設けて、どのチームも使える人件費に上限がある。
そのやりくりをGMたちはシーズンを通してやらなければならない。
しかし、車いすラグビーのヘッドコーチは、試合中に瞬時にコート上でそれをやらなければならない。
もちろん、障害の重度で決まるポイントが、選手としての優劣を決めないとはいえ、通常の競技でいわれるベストメンバーを組めずに戦い続けるのだ。

時間のコントロール

クロック・マネージメントはアメリカンフットボールで、とても重要だ。
わざわざラスト2ミニッツと別枠で区切りがあるように。
そして、車いすラグビーでも、その重要性は変わらないようだ。
ボールを持てば、ほぼ間違いなく得点を挙げることができるこのスポーツでは、どの時間帯で最後に得点をあげるかが重要になる。

ラストゴールをとるため攻撃側が意識するのが、まず残り時間1分45秒で、続いて残り55秒でゴールを決めることだ。1分45秒でゴールすると、相手が40秒フルに使ってゴールを返してきても、1分5秒残る。ここで10秒使ってゴールを決めると残り55秒。また相手がフルに40秒使ってきても、15秒残り、ここで残り時間を使い切ってラストゴールにつなげられる。

情報源: 車いすラグビー、ルールと戦術を解説: 日本経済新聞

1点差を争うような接戦では、このクロック・マネージメントが間違いなく勝敗の分かれ目になるだろう。

車いすラグビーではなく

ここまで書いてみて、これはやっぱりアメリカンフットボールとは違う。
独自のオリジナルな魅力を持っている。
そしてもちろん、ラグビーではない。

であれば、違う名前を持つべきだろう。
れっきとしたオリジナルのスポーツなのだ。
マーダーボールのまんまでは、ご婦人方のウケが悪いだろうか…

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